水も滴る部屋30p

「どういたしまして」

 茅野のつむじを見ながら藤宮は口の端から煙を吐き出した。

 煙は小さな渦を描き、闇夜に消える。

「……あの、大家さん、少し話しても?」

 消えた煙の後、残る闇を見つめながら言った茅野の言葉に、藤宮は「タバコが嫌じゃなければ」そう答える。

「タバコは大丈夫です。あの、話って言うのは私の部屋の事なんですけど」

「はい」

「私の部屋って、事故物件ですよね」

「そうですね。その事は契約の時に茅野さんにお話していると、ここの管理を任せている不動産屋から伺っていますが。そして茅野さんは部屋に瑕疵がある事を理解して、納得なさって契約頂いたとも伺っていますが」

 少し険しい表情で言う藤宮に、茅野は、その通りですと答えた。

「部屋で、その、よくない事があったって。あ、女性が、亡くなったとか、あの、お風呂場で、変死……でしたっけ」

 茅野は、紺谷と見たブログサイトの記事を思い出しながら言った。

「その通りですよ。事故か事件か、未だ未解決で」

「え? その通りって、あのブログサイト、眉唾じゃなかったんだ」

「ブログサイト? ああ、もしかして、ここですか?」

 藤宮はスーツのポケットから取り出したスマートフォンを素早くタッチした後、画面を茅野に見せた。

「あ、そうです。これを見て、私……」

「このサイト、今日、たまたま見つけちゃいまして、茅野さんの部屋の事、書かれちゃってたので、サイトの管理人にお願いして記事を削除して頂いたんですよ。こう言うの見て、マニアが部屋に来たりしたら、茅野さん、嫌でしょう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る