水も滴る部屋29p

 いやいや、と藤宮が軽く首を横に振る。

「謝らないで下さい。外で待っているとか、そんな訳ないですから。丁度、今から出掛ける所だったんですよ。で、部屋の外に出たついでにちょっと一服していた所で。鍵、茅野さんに連絡が取れなくてどうしようかなと思ったけど、こうして今、会えて良かった」

 そう言って藤宮は、実にゆっくりとした動作でスーツのポケットから取り出した銀色の筒状の携帯灰皿に、短くなったタバコを惜しそうに捨て、携帯灰皿とともに取り出した鍵を茅野に向かって、「はいっ」と放り投げた。

 近距離で急に投げられた鍵を茅野は慌てて両手でキャッチする。

 茅野の手のひらの中にある鍵には、赤い紐が結び付けられていた。

「実は見つかったそれは102号室のスペアキーなんだ。今朝使った、102号室って書いたキーホルダーが付いていた鍵。あの鍵の調子が悪いだけなのか、キーホルダーが間違っていて、しかも102号室の鍵が無くなってしまったって事なのかは分からないんだけど、とにかく、そのスペアキーで部屋の鍵は開くと思うから、今、試してくれるかな?」

 藤宮にそう言われて、茅野は頷き、102号室の前に動くと、手にした鍵を鍵穴に差し込んで鍵を半回転させた。

 カチャリと言う音がして、部屋の鍵が開いた事を示した。

「鍵、大丈夫みたいだ。良かった」

 藤宮は新しいタバコを咥え、ライターで火をつけながら言う。

「あの、大家さん。この鍵が使えるかどうか、今、私に試させたって事は」

「ん、まあ。俺は茅野さんにとって……どうですかね、隣人として信用に足りる男かな」

 タバコを咥えたままニヤリと笑う藤宮に、茅野は「十分です、色々ありがとうございました」と深く頭を下げた。

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