水も滴る部屋28p
四時間前に録音された藤宮の声は、鍵が見つかった事、茅野の帰りはいつ頃になるのかと言う事、鍵は藤宮の部屋まで取りに来て欲しいとの事を淡々と喋っていた。
一時間前に録音された藤宮の声は、これから出掛ける用事があるので帰りが遅くなる様なら連絡を入れて欲しい、よろしくお願いします、とお辞儀をしている姿が見えそうなくらいに丁寧に喋っていた。
留守番電話を聴き終わり、焦った茅野が顔を上げて見た先は、緑頭花荘だった。
いつの間に着いていたのか。
目の前の緑頭花荘は夜の闇にうっすらと溶け込んでいた。
闇の中の緑頭花荘の姿はまるで幻の様にハッキリとは見えないが、その存在は、チカチカと点滅を繰り返している緑頭花荘の門の横にある街灯の明かりが証明している。
茅野は門を潜り、藤宮の部屋、101号室へ走った。
藤宮が部屋の玄関ドアの前でタバコを吸っているのが見えた。
藤宮は、ドアに寄りかかり、タバコを摘むようにして持ち、紫煙を吐き出している。
黒い色の上等そうなスーツに身を包み、気怠そうにタバコを吸っているその姿は実に様になっている(スーツはジバンシィだ)。
今朝はジーパンにシャツとラフな格好であった藤宮とは全くの別人の様だ。
「大家さん」
茅野が静かに声を掛けると藤宮が、「やあ」と茅野へ向かってタバコを持っていない方の手を振った。
「お帰りなさい」
のんびりと藤宮が言う。
「大家さん、申し訳ありません。連絡を頂いていたのに、私、気が付かなくて。ええと、出掛ける用事があるとか、留守電に大家さんからのメッセージが。あの、用事は大丈夫ですか? もしかして、私を外で待っていて下さったんでしょうか? お待たせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
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