水も滴る部屋26p

 茅野の脳裏を不動産屋に言われた台詞が過る。


 そんな事言われても困る。

 不動産屋も紺谷も何を問題にしているのか、と茅野は思った。

 茅野はなんだかイライラした気持ちになった。

 茅野はその苛立ちを露わにして口を開いた。

「私、そもそもがこう思うんですが……」

 と、言いかけて、茅野は言葉を殺す。

 言葉が続かなくなった茅野を紺谷が不安そうに見ている。

「いえ、えっと、あ……」

「先生?」

「あ。私、紺谷さんが言う通りに、そもそもがうっかりしていましたよね。私の部屋に起こった事が怪奇現象かどうかは別として、ちゃんと調べてから部屋は借りるべきでした。事故物件、気をつけなきゃですよね。家賃が相場より安くて、しかもバス、トイレ付きアンド元学生寮の魅惑のスペックに惑わされて、部屋を決めちゃって。私ったら、本当にダメですよね。ははっ……」

 違う、本当はそんな事を言おうとしたのでは無い。

 だが、しかし、茅野の口は別の言葉を口にした。

 影の落ちた茅野の表情を見て、紺谷はハッとした顔をする。

「いやいやいや、先生、私、そう言うつもりじゃ……先生の事が心配で。あ、元学生寮のハイスペックは分かりますよぉ! トキメキますよね! しかも大正時代の建物って……」

 そう早口で慌てて言いながら、ノートパソコンの画面を見た紺谷は、「え?」と声を上げて、目を見開き、首を傾げた。

 それから紺谷は、無言でノートパソコンをいじる。

 紺谷のその時の顔は実に困惑しているという風だ。

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