「浴槽にお湯を張るのに水の方だけ全開に出すって、先生のうっかりが過ぎません？」

「え」

「貧乏暮らし……いや、節約家の先生らしくない失敗ですよ」

「はぁ……」

「そもそも先生、お風呂使ったんでしょ。その時に、蛇口から水が出ている事、気付かなかったんですぅ？　ほら、昨日、シャワー使ったっておっしゃっていましたから、お風呂を沸かしてる途中に寝ちゃってとかじゃ無い訳ですよね？　まあ、色々、無きにしも非ず、ですが、万が一、先生が万が一にも、蛇口からドバドバ水を出しておきながら、その事に一晩中気付かなかったんだとしたら……私、相当お疲れだったんですねとしか言えないんですけど……。先生が今日の打ち合わせの為に作品のアイディアを考えすぎて疲れてしまって、うっかり蛇口を閉め忘れた、とかなら担当としては色々な意味での涙が止まらない感じなんですが、あ、考えて来て下さいましたぁ？　峰君とジョニー先輩の密会のシーンの、アレについてどうするかぁ。アレ、どうなんですかねぇ」

「あ……ああー、まあ引っ越し作業で相当疲れていましたけど、作品の方の疲れは、申し訳ないのですが……ごめんなさい。何も思い浮かばず、今日の打ち合わせで何とかなると良いなって期待してたって言うか。ははっ」

　茅野は非常に気まずそうに、紺谷から目を逸らして言う。

「先生、そっちもマジかよ！」

「いやぁ……あ、でも、あっ！　実は蛇口の件で、ちょっとモヤモヤしてることがあって」

「何にです？」

「いやぁ、使っていないはずなんですよね、風呂場の浴槽の方の蛇口は。私、昨日は風呂場ではシャワーしか使っていないんです。シャワーの蛇口は別ですから、なんで浴槽の方の蛇口から水が出ているのかなって思ったんですよね」