水も滴る部屋16p

「…………」

「私は薄いグリーンの四角形の小さなタイルを引き詰めた風呂場の床を這いずるように排水溝へ近付き、床に膜のように張った透明な水越しに排水口を見下ろしました。そうしたら、排水口の蓋が、黒い物に、まるで網の目の様に覆われているのが見えて。そう、髪です。排水溝は、黒くて長い髪の毛に覆われていたんです」

「…………」

「この時点では、まだ私はこう思っていました。ああ、昨日、シャワーで髪を洗った時に抜けた私の毛かしら? でも随分と多い気もするけど、とね。ほら、私の髪もこの通り、長くて黒いですから」

「で、ですね。先生の髪かも知れませんし……」

「はい。私は、とりあえずその髪を指でつまんで排水口の蓋から剥がそうとしました。この髪を取ったら水が流れるかなって。でも……」

「でも?」

 紺谷はゴクリと唾を飲み込む。

「髪が蓋から取れないんです。排水口の蓋は、金属製の丸い物で、排水の為の横長の細い穴が格子状にあけられているんですけど、その格子状の穴に髪が絡まっているようで、髪が取れないんです。これじゃあ仕方ないので、私は蓋を外してみる事にしました。で、蓋を外してみると、蓋に、まるで磁石についてくる砂鉄の様に絡まった髪がへばりついて……いえ、これは問題にはなりません。かなり嫌ですが、これは問題にはならないんです。問題なのは、外した蓋から見えた排水口の中の様子で。排水口の中に、明らかに何か詰まっている事がわかりました。その何かが何なのか、考える時間は要りませんでした。髪……髪の塊です。排水口に、髪がびっしりと詰まっていたんです。ヌメヌメした何かが付着した黒い髪の塊が……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る