水も滴る部屋13p
「大丈夫に決まってますよ。何の心配をしてるんですかぁ。あ、メニュー、好きなのを選んで下さい。引っ越し祝いに、この紺谷が奢らせて頂きます!」
「えっ? 悪いですよ。こんな、売れてもいない私に奢る、だなんてそんな愚行、いけませんよ」
茅野のその一言に紺谷は顔を青ざめさせる。
「せ、先生、微妙に卑屈な事言わないで。担当編集者としても耳が痛いですから。先生に奢る事が愚行だなんて、違いますから。ここは奢らせて下さい。あっ、ええと……それにしても、引っ越し早々大変でしたねぇ。遅れるって連絡を頂いた時に先生から聞きましたけど、部屋が床下浸水って」
青ざめた顔をしたままでいる紺谷に茅野は、「ええ、本当に大変でした。朝、起きたら、来月の水道代が恐ろしくなるほどに部屋が水浸しになっていて」と、渋い顔を作って答える。
「うわぁ、ヤバすぎじゃないですか。そんな大変な時に無理して打ち合わせに来て頂いて恐縮です」
かしこまる紺谷に茅野は、実にすまなさそうに、「いいえ、そんな。引っ越し早々、部屋から出なきゃいけなくなる様なツイてない、売れない女に打ち合わせがある事に心から感謝していますから」そう台詞を吐いた。
その台詞に、紺谷は飲んでいた水を噴水の様に吹き出す。
「ブッ! グハァァ! 先生! ノーモア売れない女ぁー!」
紺谷は、冷や汗を額から流しながらも、やや寒くなりつつある場の空気を変えようとするかの如く、茅野が手に持っているメニューを素早く奪い、ページを開き、メニューを指差して茅野に進める。
「こ、コレなんかどうです? 美味しそうですよぉ。とりあえず注文しましょうよ、ねぇ、先生」
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