水も滴る部屋5p

「え、何ですか、それ。いや、いやいやいやいやいや。じゃあ逆にこの部屋はなんなんです? 他の部屋の鍵は管理会社に預けてあるのに、何故、この部屋だけ? ええ? どういう訳です? え?」

 尋ねられて、藤宮は、あからさまに面倒くさそうな顔をした。

「えっと、細かいことは後で話すさ。念のため、部屋に戻って、もう一度鍵を探してくるからあと少し待っててもらえますか?」

「いや、ええっと、あの、鍵はすぐに見つかりそうです? 私の立場で個人的な事を言うなんてなんですが、ええと、私、もうちょいで出掛けなきゃいけなくて、これから打ち合わせがあるんです」

「打ち合わせ?」

 茅野はハッとして、首を左右に高速に振りながら「いやいやいや、間違えました。バイトです! バイト! アルバイト! バイトへ行く時間になってしまうので、申し訳ないですけど、早くして頂ければありがたいかなって。いや、分かっているんですよ、図々しい事を言ってるって!」と早口で言う。

「うーん、ちょっと、なんとも言えないね。とにかく鍵を探してみなきゃ分からないよ。あ、茅野さん、じゃあ、寧ろ、バイトが終わったらホテルでも取るとかは? 勿論、鍵が見つかったら連絡しますが……」

「ホテルなんて無理です。引っ越したばかりでお金を使ってしまって、ネカフェでもヤバイくらいにお金が無くて。ああ、もう、どうしよう。どうしたら……この布団はどうしたらいいのかしら? 頑張って部屋から持って来たんですよ……あ、ああっ! あと少しで出掛けなきゃマズい……」

 そう言うと、茅野は床に座り込み、落ちている布団を抱きしめて俯いた。

 茅野のその様子と来たら悲壮感をたっぷりと臭わせていた。

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