水も滴る部屋3p

 そう言ってから茅野は藤宮に対して失礼な発言だったかなと感じ、慌てて藤宮に頭を下げようと腰を曲げて、そして、その瞬間、ふらりとバランスを崩した。

「危ない!」

 藤宮が茅野の手から落ちそうになっている布団セットに、とっさの動きで手を伸ばす。

 その藤宮の動きに茅野が瞬時に反応する。

「触らないでぇーーーーっ!」

「あ、はい」

 茅野の大きな叫び声に藤宮が手を引っ込めるのと同時に、布団セットは引き布団だけを茅野の手に残して廊下の床に落下した。

「あ」

「あっ」

 茅野と藤宮の声が被さる。

「やっちまいましたね。布団、俺は拾わない方が良いんですよね?」

「はい、すみません。布団は大丈夫です。いや、いいえ、本当に申し訳ありません」

「ははっ、布団、早く部屋に運んじまいましょう。今、鍵を開けますね」

 藤宮はパンツのポケットから鈍く光る銀色の鍵を取り出して、それを藤宮と茅野、二人の目の前にあるグレーの玄関ドアに付いた鍵穴に差し込んだが、しかし、鍵は開かない。

 アレ? アレ? と、割と一生懸命な顔をして呟いている藤宮の背中を茅野は不審そうに見つめる。

「あの、大家さん、どうしました?」

「いや、あれ、おかしいな。鍵が合わない」

 そう言いながらも、藤宮は諦めきれないのか、合わない鍵を鍵穴に懸命にねじ込んでいる。

 だが、それはガチャガチャとうるさい音を鳴らすだけの無駄な行為だ。

「鍵、間違えたんです?」

 茅野が遠慮がちにそう尋ねる。

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