第一話 水も滴る部屋

水も滴る部屋1p

 その日は、空には眩しい太陽の光が輝き、小鳥が鳴き、さわやかな風が吹いている、実に気持ちの良い朝だった。

「いやぁ、何て言うか、もうビックリって感じで。入居したその日のうちに部屋が床下浸水するとか、我ながらあり得ないって言うか、もう本当にどうしたらいいのか分からない感じでしたけど、助かりました、大家さん」

 茅野潤(カヤノジュン)、二十一歳、独身の彼女は両手に持った引き布団と掛け布団と枕のセットが落ちない様に気を付けながら、暗い表情のその顔を引きつらせ、ハハッと自嘲の為に乾いた笑い声を小さく響かせて言った。


 事が発覚したのは今朝だった。

 昨日から、茅野は引っ越したばかりのこのアパートでの暮らしをスタートさせていた。

 引っ越し作業の忙しさはあったが、茅野にとっては平和な一日だった。

 その一日はあっという間に過ぎた。

 茅野は、これから新しい部屋で新しい暮らしが始まる事への期待と不安を胸に秘めて、ベッドに身を沈めた。

 翌朝、目を覚ました茅野は、ゆっくりと起き上がり、体を伸ばし、あくびを一つしてベッドから足を下ろした。

 そして、数秒で違和感を感じた。

 足が冷たいのだ。

 ベチョベチョした感じがする。

 なんなのか、と茅野が足元を見ると、床一面がぐっしょりと濡れていた。

 脱ぎっぱなしで床に散らばっている茅野の下着や、読みかけで床に広げたままの雑誌も水で濡れている。

 茅野の頭はベネチアの街を一瞬思い浮かべたが、絶叫の声と共に直ぐにそんな呑気な場合ではない事を悟った。

 茅野の部屋から響く悲鳴を聞いて、大家が駆けつけるには数分も掛からなかった。




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