ドラッグクエストⅤ

 7月7日。七夕。


 しかし今年の七夕は多くの中高生にとって大変悩ましい日となった。


「よりにもよってなあ……あと10日位待ってくれてもいいんだが」


 その日は大人気ゲームソフト「ドラッグクエストⅤ」の発売日だったのである。しかしこの7月上中旬と言う季節、それは中高生にとって第二の試練の時期であった。


「我慢しなさい、期末テストがあるでしょ!」


 5月下旬の中間テストに続く第二の試練。そんな時期に学問への軸を叩き折る様な大人気ゲームソフトを買い与えたいと思う様な親はいない。


 たまに買っている親もいたが、大学生以上の上の兄姉がいるか、親自身がゲーム好きか、そして今買わないといつ買えないかわからないと言われて口説き落されたか、そして自分で金を貯めて買ったかのどれかだろう。

 そしてさらにその場合でも、テストが終わるまで我慢なさいである。


 この日野家は三番目のケースだった。


「今度のテスト五教科で計350点取らなかったら7月一杯やらせないからね!」


 そしてこういう枕詞が付いていた。


「ゲームはいつでもできるでしょ、でも勉強は今しないと後々痛い目に遭うわよ!母さんはそうなったら困ると思って言ってるの!あなたのためなの!」


 あなたのため。定型句であり、かつ絶対的に力を持った母親の切り札である。そこまで言われては必死に抵抗していた息子も黙るしかなかった。


「今日のシチューどう?」

「えーっと関係代名詞は…あっシチュー?んーえっと…」


 果たして、そこまで言うや息子は真面目に勉強に取り組み出し、食事の時さえも上の空であった。


(ゲームって本当に恐ろしいわね……)


 ゲームは二の次にしろ勉強が大事と言ったら、それ以外が三の次と化した。ゲームの魅力を通り越した魔力に脅えてはみたものの、それでもこれがきっかけとなって勉強に取り組んでくれるならばいいやと母親は思っていた。


 そして期末試験当日。息子はいつもの通学路を、暗記用ノート片手にいつものように歩いていた。


「えーっと更級日記は藤原道綱の母が…」











 7月17日。一学期最後の日。日野家のテレビからはドラッグクエストⅤのテーマが流れていた。


 画面では魔物に襲われた村で、子どもを失った母親がすすり泣いていた。その母親のセリフを見ると同時に、プレイヤーはコントローラーを手から放し、そしてそのまま動けなくなった。







「……こんな事になるんなら、もっと可愛がってあげればよかった………うっうっ…………」


 赤信号で横断歩道を渡った結果車に轢かれた息子を思い返し、日野民江は涙に暮れた。

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