脱税

「またか」

 何度目になるかわからないその報告書に、国税局の職員たちは頭を抱えていた。

「もう単なる市民運動と看過しておくことはできないか」

「市民運動ですか? ただの子どものわがままでは」

「バカ! そのただの子どものわがままが、今や放置できない所まで膨れ上がっているのだ」

 国のやり方に不満を持った子どもたちが始め出した1つの市民運動により、国家の財政は危機に陥っていた。

「これは明らかな脱税行為です、摘発しましょう」

「バカを言え、小学生を摘発できるか」

「しかし被害者は山と……」

「その被害者が被害を訴えておらんのだ……被害者たちも国のやり方に堪忍袋の緒が切れていると言う事らしい」

 子どもたちの間で脱税行為が蔓延しており、それが国家の財政を揺るがし、挙句その被害者たちも脱税を看過している。その報告書には、そんななんとも不可解な言葉ばかりが記されていた。

「文科省に連絡はしているのですか?」

「無論、文科省を通じ学校で脱税は犯罪だと呼び掛けてはいる」

「……ですが、まるで効果なしと言う事ですか」

 呼びかけに対しての、子どもたちの反応は2通りのいずれかだった。1つはああはいはいわかりましたとでも言わんばかりの生返事で、まさに右から左に聞き流すと言わんばかりであり、

「それじゃあの人たちはいいんですか?」

「私たちがダメであの人たちがいい理由を教えてください!」

 もう一方は自分たちの脱税行為は許されなくて、議員や社長などのいわゆるお偉いさん方の脱税行為はなぜ許されるのかと言う質問、いや詰問をして来たのだ。いいえ許されていない、ちゃんと許していませんと言っても、子どもたちは聞く耳を持たない。

「しかし親も親だな……なぜ咎めようとしないのだ」

「親が政府に対しての不満を日夜子どもに聞かせているのでしょう、子どもがこうして政府の方針に異を唱えるかのような脱税行為に走るのを止めるでしょうか」

「それに被害者たちはなぜ声をあげようとしない? 彼らにとっては死活問題のはずだぞ」

「確かに子どもたちの脱税行為による被害は少なくないはずなんですが……実に信じがたい事なんですが」

「なんだ」

「脱税による被害を受けたとされる店は、ほとんどが中小の個人商店であり、むしろ売上そのものは上昇していると言う報告が入っています」

「なんだそれは!」

「それに対し、脱税行為の行われていない大型スーパーやデパートなど、いわゆる大企業の売り上げは低下しています」

 脱税行為が売り上げに貢献していると言うのか。

「それで……これはまだ噂の段階なのですが、某巨大スーパーが脱税行為を事実上公認化する方向で動いているそうであり……」

「もういい!」

 上司は部下に苛立ちをぶつけるが如く怒鳴り声を上げた。

「全く、どうなっているのだ……子どもの理論に振り回されたらおしまいじゃないか…政治家たちよ、子どものわがままに振り回されるなよ……」

 脱税が大手を振って罷り通る現実に、上司の職員は両手で頭を抱え込んでしまった。


 やがて、職員の心配は現実となった。度重なる脱税行為の報告を国民の現状に対する不満と受け取った政府は、税制改革の断行を決意。此度の脱税により打撃を受けた大企業に客を呼び戻させると同時に、世論の力を借りる形で強引な税制改革を敢行。これにより議員や役人、特に役人はその特権の大半を失った。当然の如く、国民に歓呼の声が湧き上がった。だが、この改革の事実上の主役と言うべき子どもたちに、笑顔はなかった。

「……払いたくない」

「もう政府のおじさんたちもわかってくれたんだから、払ってあげてよ」

「全然わかってくれてない!!ぼく、税金払うのヤダ!!」

 幼稚園児の男の子は、駄菓子屋の前で百円玉を握り締めながら泣いていた。父親のなだめるような言葉にも、彼は泣く事をやめなかった。

「まあいいですよ、私も受け取りたくありませんから」

「そうですか……では私が」

「いりませんから」

 駄菓子屋のおばあさんは子どもをあやすように和やかに問い掛け、父親の言葉を遮りながら子どもにポテトチップスを渡し、代わりに子どもが握り締めていた百円玉を取った。父親は財布から出そうとしていた十円玉をしまいながら、おばあさんに頭を下げた。

「いやどうもすみません……」

「気が小さい方ですね……まあ私も正直納得してませんからね、消費税が廃止されなかったことについては……」

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