名前

 私は、自分の名前が嫌いだった。この名前でいい事と言えば、ありふれた苗字と名前なのに初対面の人に一発で覚えてもらえることぐらいだ。


 小学校時代、この名前のせいで、いつも私だって嫌いなトマトを同級生から押し付けられた。トマトは嫌いだって言うと、同級生はそんなの絶対に信じられないと言った表情でこちらをにらんでいた。学校の授業で近所のお店屋さんに話を聞いてくることになった時も、魚屋に行きたかったのに自分以外満場一致で八百屋にされた。なぜって言ったら聞くほうが野暮だと言わんばかりの顔をされた。挙句好きな鳥はウグイスだって言ったら、キツツキじゃないのかと驚かれた。全く人を何だと思っているのか…。


 中学校になってからは名前でああだこうだからかわれることは少なくなったが、それでも私はこの名前を好きになれなかった。ソフトボール部に入部した私は、厳しい練習でいつも痛い痛いばかり言っていた。で、部内に仲の悪い二人がいて、私はいつも二人の関係ない喧嘩に巻き込まれていた。さらに私は私なりに三年間必死に練習したのに、出番は代打ばかり。泣くなと言われても悔しくて涙が止まらなかった。


 高校に入学した私は生徒会に入り、会計を担当するようになった。そこでも名前のせいだろうか、いつのまにか「会計課長」と呼ばれるようになっていた。3年間、生徒会の活動をしていて一番の思い出と言えば、2年生の時のダンスパーティだろうか。あれが終わったときはすべてが済んだと胸を撫で下ろしたものだ。あの時の会長がまた暴走キャラで、「ダンスパーティはもう少し後にしてくれ?俺たちにとって2年の夏は勝負どころなんだぞ、夏まで待つな!」と言い出して強引に開催を5月25日に決め、あげく肝心なときに限って忌引にぶち当たっていなくなるのだ。あれは本当に参った。


 その後、大学に入った私は羽毛布団の店でバイトしていたが、そこにいた近畿から来た仁谷という男がまた嫌な奴だった。私の仕事ぶりを一見褒めておいて「しかし」と言って重箱の隅をつつくような事を言い、店のバイト仲間で食事に行った時に借りた141円と言う小銭を確かに貸したとネチネチ言って真面目に働いていた石井くんを追い出し、そのくせ紳士を気取り桜の開花宣言が出ると浮かれ上がり、挙句酒が入るや田植え歌を無茶苦茶な声で歌いオカマ言葉で「キスが好き~」とか言いながらこちらに迫り、キレた私が引っぱたくと「私、負けましたわ」と笑いながら倒れた。この男は私の名前をからかっているのだ。その事に気が付いた私は、また自分の名前が嫌いになった。


 その後社会人になった私は年頃の女子らしくと言うべきか、婚活を始めた。そして結婚相談所から私に一人の男子が紹介された。中井博也さん、27歳。職業は、この不況の時代にぴったりの国家公務員。年収も既に500万ある。両親は健在、まだ現役。万が一彼に何かあっても問題なさそうだ。


 だが、私は彼と会う気になれなかった。彼の籍に入ったところで、私の名前はどうにもならないのだ。顔も含めて他は何もかも理想なのに、名前のせいでこんないい人を諦めなければならないなんて…。



 

 中野加奈、24歳。やはり私は、自分の名前が大嫌いだ。

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