ウソはダメだよ!

「お前、隆はどうした」

「隆?」

 ある日曜日、デパートから帰宅した私は夫に急に迫られた。隆? はて、いったい誰の事だろう。

「お前と一緒にデパートに行ったんじゃないのか!」

「えーと……」

「どこにやったんだよ!」

「さあ………………」

「さあじゃないだろ、お前の息子だぞ!」

 そう言えば、この家にはなぜか小学生の男の子が着るような服がある。どうも私は、そういう年齢の男の子と同居していたらしい。そして夫の言う隆とか言う少年は、どうやら私の息子らしい。まあ、私の夫がそう言ってるからそういう事なんだろう。そんな事と夕飯のメニューを考えていると、夫は私の手を掴んで車に乗せた。

「いったいどこに行くの」

「病院だよ」

 なぜ病院に行かなければならないんだろうか。私が首を傾げている間に、車は病院に着いていた。


「あの、本当に何も覚えていないんですか」

「はい」

 どうやら私は記憶喪失らしい。なぜか連れ込まれた病院で数十分、その隆とか言う少年について様々な質問をさせられた。夫から様々な写真や衣服、それからおもちゃを見せられたが、どれを見ても覚えがない。

「どこまで覚えてるんだ」

「どこまでって、10時58分の電車でデパートに買い物に行って、それから12時57分の電車に乗って帰って来て、それから洗濯や片づけをしてた事も」

「そうじゃなくて隆の事!」

「だから、誰それ?」

 他に言いようがない。実際、いくら言われてもまるで思い出せないからだ。

「俺とお前の息子だよ!」

「そりゃそうよね、あなたにまさか隠し子なんかいる訳ないし」

「さっき連絡があった、駅に保護されてるって。会えば思い出すだろ!」

 そういうわけで、まるで訳の分からないまま病院を出て、そして今度は1時間半ほど前に降りた駅へと向かった。どうやらそこに、私の息子は保護されているらしい。

「俺はよ、お前が裏表のない素直な女だと思ったから結婚したんだ。プロポーズの言葉、覚えてるか」

「もちろんよ、ずっと表裏のないどんな事も話し合える存在でいようって」

「母親になってからもずっと言ってたからな。俺にも隆にも」

 夫には隠し事をさせないように言って来た、もちろんこっちの隠し事もなしだ。そうやって正直に振る舞うのは人として大事なはずだ。だから正直に言う、覚えがない。


「ほらお前、隆だよ」

「知らないわこんな子」

「知らない!?ああダメだ、もう完全な記憶喪失だ。本当の本当に頭でも打ったか」

「いいえ?」

 それで隆と言う、私の息子らしい子どもと顔を合わせてみたが、まったく記憶がない。

「お父さん」

「隆、お母さんちょっと病気みたいなんだ。お父さんといっしょにしばらく頑張ろう」

「病気って、何?」

「あのーお母さん、本当に何も思い出せないんですか」

 駅員さんにもそう言われたけど、何も思い出さない、って言うかこんな子ども知らない。と思っていたけど、顔を見つめると何か……

「ああ!」

「思い出しましたか!」

「ああ、帰りの電車の車内でやたらはしゃぎ回ってお客さんを不愉快にさせたこの迷惑な悪ガキ! あんたなんか知らないわよ!」

 私は正直に生きている。人間、正直でなければいけない。そうだ、確かに私は言ったのよ、あんたなんか知らないって。だからその言葉通り、私はこんな悪ガキの事など知らない。そういう事だ。


「俺もお前みたいな、自分がただひたすらかわいいだけの女なんて知らない。別れよう」

 えっちょっと待って、どうしてそうなるの! 説明して、私は正直に言っただけなのに! まあいいわよ、あんなにみっともない真似をしておいてごめんなさいも言えないような悪ガキの事なんか知らないから! ねえ駅員さん、あの、駅員さん! なんですか夫の言う事は実にごもっともって! ちょっと……!

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