第十三話

 戦いが激しく長引くにつれて物資や戦力は減っていく。至極当然だが、それが戦争では死活問題である。

 そして、ジャック達はその問題に直面していたのだ。

 「ハァ...ハァ...ハァ...おい、補給物資はまだ届かねぇのか」

 「まだです。恐らく、補給部隊が何かしらのトラブルに巻き込まれた可能性があります」

 ジャックはむしゃくしゃしながら煙草を咥えると火を着けた。最早、ジャックだけでは無い。皆が自棄になっている。

 水や食料は後数日で底を尽き、パワージャケットの予備装甲やパーツは底を尽きた。誰もがボロボロのパワージャケットを装着している、言わば半壊状態。そんな状態のパワージャケットでは満足に戦えず、壊れるのも時間の問題だった。

 紫煙を吐いたジャックが呟く。

 ───この戦争、負けかもな───と。

 皆がその言葉に耳を疑った。誰よりも戦果を挙げ、誰よりも勝利を欲したジャックが溢した言葉は皆の不安と恐怖を駆り立てた。

 「嘘ですよね?! 嘘だと言ってください!」

 「嘘じゃねぇよ。周りを見渡してみろ、どこに勝てる要素がある」

 ジャックは溜め息と一緒に紫煙を吐く。皆はジャックの言葉に同意するかのように黙った。

 「まだだろ! まだ終わってねぇ!」

 皆がその声の主へと顔を向ける。その声の主はジャックの相棒、アルフレッド・デュナイル・オーグナイス本人だ。

 「ジャック! まだ諦めるのは早いだろ」

 「アル...。今回はハッキリ言わせてもらうが、無理だ。俺らの今の装備じゃ対抗手段は無い」

 アルは拳を握り締めて歯を食い縛る。頭ではわかっていた。ジャックの言葉が正しい事を、もう既に詰みが迫ってきていることをアルも悟っている。

 「だからって諦めるのは早い! 作戦を練れば...勝機は見えてくる!」

 「...死ぬぞ」

 アルの言葉にジャックは現実を突き付ける。それでも引き下がらなかった。

 「覚悟の上だ、だから命令をくれ。ここに居る俺らはお前の命令なら死んででも勝ってやる」

 「...一つだけ、一つだけ勝機を見出だせる作戦がある」

 「どんな作戦なんだ!」

 「誰が殺られようと振り返らずに突き進んで相手の拠点を叩く。ゴリ押しだが、今の物量じゃぁこの作戦でしか勝てねぇな」

 ジャックの提案した作戦は無茶で無謀な作戦。失敗しても成功しても誰かしら死ぬ。

 そんな作戦にも皆は何も言わず、準備を始めた。

 「命あっての物種だろうが。それなのに何で...普通反対するだろ」

 「言ったろ、俺らはお前の命令なら死んででも勝つ。お前の作戦なんだ、文句なんて誰も言いやしねぇよ。それに俺らは命賭けて戦うのが仕事だ。期待してるぜ、相棒バディ?」

 初めて言われた言葉だ『相棒』と。互いに相棒だとそう思ってはいたが、二人は言葉にしなかった。

 その言葉が何か不吉な事の前触れだとジャックは思った。

─────────────────────

 「さて、準備は良いな? 野郎共!」

 「俺らが目指すのは敵の拠点だ! 道半ばで誰が死のうと関係無い! さぁて、行くぞぉ!」

 ジャックとアルの言葉に兵士の皆が叫んで答える。

 一斉に走り出して、目の前の道を阻む敵兵だけを殺していく。それ以外に弾丸や労力を裂く訳にはいかないのだ。勿論、こんな特攻では味方の兵はバタバタと死んでいく。その中には足を止める者もいた。

 「振り向くんじゃねぇ! アイツ等の命無駄にすんな!」

 ジャックの一声で我に返り、振り向こうとした者は皆が前を向いた。

 敵の拠点は目の前、そんな時だ。最悪の事態が起こった。とてつもない轟音を伴って大地が抉られた。

 その時、ジャックを含めて皆が足を止めてしまった。その時、見たモノの衝撃が強かったからだ。

 「な...なんだよ...アレは...?」

 「自走砲台...? それにしちゃ威力が...」

 見えたモノはバケモノだった。ボディに似合わぬ大きな砲台に蜘蛛を想像させる歪な四本の足。

 その砲台がジャック達を捉えた。

 「しまっ! 逃げろぉ!」

 時既に遅し。バケモノの砲台から放たれた砲弾はジャック達が居た場所へと直撃した。

─────────────────────

 「クソ...やられた...あんなバケモノ兵器が残ってたのか...」

 ジャックは立ち上がろうとするが左腕の感覚が無い事に気付いた。

 「う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 左腕が丸々亡くなっていた。ジャックは腕の付け根を押さえ、声になら無い声でもがく。

 「が゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 痛みを堪え、止血を終えて周りを見渡す。そこで気付いたのだ、アルが居ない事に。

 ジャックは覚束ない足取りでアルを探す。

 「アル! どこにいるんだ! アル!!」

 返事は無く、ジャックは焦る。アルも自分と同じ様な状態なのではと思うと一刻も早く見つけなければ死ぬ。そう思い探した。

 捜索から10分後、アルが見付かった。しかし、遅かった。もう助からない。医学に詳しく無いジャックが見ても無理だと思う程に。

 「なぁ、ジャッキー...俺はもう...無理だ...」

 「喋んな! 絶対に助ける」

 口ではそう言っても頭では無理だと諦めている自分がいた。なんとか止血を試みるが、出血箇所が多すぎた。

 「話...聞けよ、ジャック...。正義の味方になれ...弱者を助けろ...」

 「アル...辞めてくれ! それ以上、何も言うな!」

 アルの耳は既に聞こえなくなっているのか、ジャックの制止を聞かなかった。

 「お前にとっちゃ...どっちも変わらねぇだろ? なら...正義の味方になれ...その方が...良い...お前は良い人になれ...ジャック...クロス...フォード...俺の...相棒で...親友の...最高な奴...」

 「ぅ...ッ...あぁ...お前の願い、確かに聞き届けたぞ。アルフレッド...」

 ジャックの目からは涙が溢れる。そして、ジャックの気持ちを知ってか知らずか、空からはジャックの涙を上書きするかの様に雨が降りだした。

 「今だけは...泣かせてくれよ...アル...」

 その後、ジャックは友軍に拾われて野戦病院へと搬送された。そこでは自身の状態とアルフレッドの正式な戦死が知らされた。

───────────────────── 

 「...」

 「ジャック...」

 「あぁ居たのか、レティシア」

 野戦病院から最先端医療が認められている病院へとジャックは輸送された。

 そこには幼馴染みのレティシア・アーテルが居たのだ。

 「話は聞いた。大事な仲間が亡くなったって...」

 「俺の責任だ、アイツ等を殺したのは俺だ。直接手を下しては居なくても、あの命令を出したのは俺だ。なんで俺だけか生き残った...」

 レティシアはジャックの言葉を黙って聞いた。いや、何も言えなかった。ジャックが感じた苦痛はジャックにしか分からない。誰かと共有することなんて出来ない。だからレティシアはせめて話だけでも黙って聞こうと思ったのだ。

 「...ジャックはどうしたいの?」

 「俺は...」

 言葉に詰まっていたジャックにレティシアは助け船を出した。そこでジャックは亡き相棒、アルフレッドの言葉を思い出す。

 『正義の味方になれ...弱者を助けろ...』

 『正義の味方になれ...その方が...良い...お前は良い人になれ』

 この言葉がジャックの中で木霊した。

 「俺は...軍人を辞める。怖いんだ、銃が。あのバケモノが頭から離れない」

 ジャックはその言葉を溢して震える体を抱き締める。

 「...そう」

 「何も言わないんだな、文句とか」

 「言わないよ、ジャックの選択だもん。ジャックが良いと思った選択をしなきゃ。でもね、ジャックはジャックの仲間達に誇れる選択をしなきゃいけないとも思う。俺はアイツ等に胸張ってこれで良かった。そう言える選択をして欲しい。その為に軍人を辞めるならそれで良いと思う」

 「そうか...」

 レティシアの言葉はジャックを安心させた。誰にも責められず、後悔の無い選択...そして相棒との約束。

 それを果たすためにもジャックは軍人を辞めなければならない。そう思ったのだ。

─────────────────────

 結果として、戦争は負けた。今まで奪い続けた領土を全て返却することで、パノプティコンは滅ばずに済んだ。

 そしてジャックは最後の軍服に身を包み、上官室へと足を運んだ。

 「何か用かね? ジャック」

 「えぇ、今日で軍人を退役します。俺はもう軍人として戦うつもりはありません」

 「そうか。ならば軍服を脱いで今すぐ出ていけ」

 「はい。お世話になりました」

 軍服を脱いで、私服で軍の駐屯地を出たジャックはその足で墓場に向かった。

 「なぁ、アル。軍人辞めたよ、お前は俺の事をバカにするかな? お前の願い叶えてみせるからよ、見守っててくれ」

 そう言ってジャックはアルの墓場を後にした。

 霊園から出たジャックの顔は少しだけ明るくなった様に見えた。

 

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