第十一話

 ジャックも軍人になってそろそろ五年が経とうとしていた、夏のある日。年齢は22となった。軍人として髪を短く切り揃えていたが、階級が上がるにつれてそんな意識も消え去り、今では髪を後ろで結ぶ程に長くなっていた。

 「ジャック、髪切れよ」

 「ん? 別にもう短くする必要は無いからこれで良いんだ」

 ジャックは同僚の言葉に否定しながら髪を結ぶ。すると同僚は呆れた様に言葉を続けた。

 「ったく。なんだよ、その髪型。あれか? サムライって奴にでもなる気か?」

 「サムライ? なんだよそれ」

 「極東の島国に昔からいる部族らしいぞ。なんでもカタナっていう武器をケンジュツっていうので振り回して戦うんだと」

 「へぇ...興味深いな。是非とも手合わせ願いたいもんだ」

 「こんな監獄大陸みたいなパノプティコンに来るような奴が居るならな。実際、この数年間でこの大陸から出てった奴も入ってきた奴も居ねぇんだから」

 「それが俺の中での最大の疑問だよ」

 「知るか。んなもん」

 二人はそんな会話をしながら車に乗った。

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 「お前、煙草なんて吸えたっけか? 銘柄は?」

 「吸える様になった...ってのが正しいな。銘柄はラッキー・ストライクだ」

 ジャックは若干不器用でぎこちないが煙草に火を着けた。

 「ふ~ん。煙草、辞めといたらどうだ?」

 「俺の勝手じゃねぇか? 匂うなら辞めるけど」

 ジャックがそう言って肩を竦める。すると仲間は手を横に振りながら答えた。

 「違ぇよ。これからリックアス博士んとこ行くのに良いのか。機体の新調に行くんだろ? いい加減に忘れろ、アレンの事は事故としか言いようがねぇだろ」

 「けどよ...あれは俺のミスだ...」

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 それは今から約二年前の事だ。アレンは周りとも打ち解け始めてすぐの戦場で戦死した。

 味方との連携に少しの誤解があった為に起きた事で、当時のアレンを快く思わない一部の兵士が起こした。ジャックが全員に話をしておけば起きる事の無かった事故だ。

 アルフレッドはどうしてたかって? 彼とジャックは各々、別の戦場に赴いていた。ジャックは敵国へと、アルフレッドは反政府組織の鎮圧を...と言った具合に別れてしまった。

 ジャックは上官殺しだけで無く、部下殺しの十字架も背負う事になってしまった。

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 「関係無いな。お前のミスだろうと気に病む必要はねぇだろ。俺らはお前を信頼してるんだからな...。てかアルフレッドはどうした? 相棒だろ?」

 「アルの奴、今日は都市のパレードの警護だ。いつでも一緒って訳じゃない。曹長だぞ? 俺もアルも」

 仲間の質問にジャックは灰皿に灰を落としながら答えた。

 「それが一番腹立つな。俺らと同期の筈なのにさ」

 「うっせぇよ、俺らの部下だから自由に出来てるんだろうが。他の隊に行ってみるか? 痛い目見るぞ」

 ジャックが肩を竦めて仲間に対して言葉を返す。目的地に到着したらしく、車が停車し、ドライバーが声を掛けてくる。

 「到着しました。ここで待機してますので、何かあれば連絡してください」

 「おう、ありがとな」

 そう言ってジャックは車を降りた。

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 「やぁ、ジャックさん! お久し振りですね!」

 「どうも、リックアス博士。お久し振りです」

 二人は握手をしてからハグをする。離れてからリックアスが話を進めた。

 「今日はどの様なご用で?」

 「俺専用のジャケットを作って頂きたいのです」

 「また、どうしてそんな...今の君には試作品だか高機能型が提供されている筈だ」

 リックアス博士の言葉をジャックは否定し言葉を続けた。

 「只、戦闘に特化した物が良いんです。それにあんなごちゃごちゃした甲冑みたいな見た目...嫌なんですよ、俺」

 ジャックはそう言って笑う。それに対してリックアス博士はシルバーフレームの眼鏡の位置を直すと微笑みながら言った。

 「君は随分と我が儘だね。...良いよ、君専用のジャケットを作ろう」

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 二時間後、ジャックのオーダーメイドジャケットが完成した。ジャックのデータは登録していたものを流用して、ガワだけを新規にジャック主導の元で製作を始めた。

 「随分とアンドロイドの様な見た目にしましたね、ジャックさん」

 リックアス博士の言葉にジャックはジャケットを馴染ませるように動きながら答えた。

 「そうですね。動きやすさを重視して作ってみました」

 ジャックのオーダーメイドジャケットの見た目は服の下に装着しても問題無い程に嵩張らないデザインだった。頭部には可動式のバイザーが搭載され、使用時以外は左右に開いており、使用時は顔を覆う様に展開されるものになっている。

 カラーリングは全てを染める様な黒にジャックのパーソナルカラーでもある、パールホワイトが部分的に塗装されている。左胸と右肩にはジャックのパーソナルマークの剣を咥えた狼のプリントが施されている。

 「けど、そんなに装甲が薄くて良いんですか? それにアシストも前よりも少ないですし」

 「アシストに関しては量よりも質を重視しました。そのお陰で今までのどのジャケットよりも高出力になりましたし」

 「そうですか、なら良かった。ですが、そこまで戦闘特化にして...何をするおつもりですか?」

 ジャックはリックアス博士の問いに淡々と答えた。

 「戦力が必要なんですよ、圧倒的な戦力が。何者をも殺しきれる力が必要なんです」

 「ジャックさん、貴方は力に取り憑かれている。貴方が目指していたのは本当にそんなものなんですか!」

 「えぇ、そうですよ。結局は力です。誰かを護るのも、誰かを殺すのも結局は力が必要なんですよ。想いだけじゃ何も出来はしないんです」

 ジャックがパワージャケットを脱いで輸送用のコンテナに仕舞いながら話した。

 「貴方にも居る筈でしょう? 護らなくてはいけない人が。その人を護るためならば...俺は悪魔にだって魂を売ってやる」

 その時のジャックの表情はリックアス博士からは見えなかった。だが、とても酷く、醜く歪んでいただろう。彼が背負った罪と十字架はそれほど迄にジャックを歪ませてしまったのだ。

 「ありがとうございました。リックアス博士、それでは...」

 ジャックはそう言って頭を下げた。

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 「良かったのか? あんな事...」

 「何が? 俺は間違ってないし、これからもそう在り続けるってだけの話...あれ?」

 連絡しても車が来なかった事で、ジャックは仲間と徒歩で帰っている途中。街でとある人物と会った。

 「ニナちゃん! 久し振りだね」

 「ジャックさん! お久し振りです! どうしてここに?」

 ジャックは先程までの無愛想とは違い、愛想良く笑った。

 「研究所でアーマージャケットの製作にね。...あぁ、帰ってて良いぞ。長くなるから」

 「遅くなるなよ」

 「おう」

 一緒に来ていた仲間を先に帰し、ジャックはニナと近くのカフェに入った。

 「ごめんね、酒が飲める年齢なら行きつけのバーがあるんだけど...」

 「いえ、大丈夫です。それよりなんでカフェなんかに...」

 「確かニナちゃん、親父さんと同じロボット工学を専攻してるんだよね?」

 「いえ、私はロボット生体医学の専攻です」

 「ロボット生体医学? 聞いたこと無いなぁ」

 コーヒーを飲みながらジャックはそう言葉を溢す。それに対してニナは笑いながら答えた。

 「そりゃそうですよ。私が提唱して伝えていかなければならないものですから」

 「へぇ、具体的になんなんだい? そのロボット生体医学ってのは」

 「簡単な話ですよ。アンドロイド工学とロボット工学の二つを医療に応用出来るのでは? というだけの話です。実際、義肢があるんですから、不可能ではありません」

 ジャックの質問に目を輝かせて答えるニナを、遠い目をしながらジャックは見つめていた。

 「それって只の義肢だろう? 詰まる所。なら今まで通りの義肢で問題は無い筈だけど?」

 「そう思うでしょ? 違うんですよ。今までの義肢と違い、更に細かい作業が可能になってます。例えば針の穴に糸を通すとか」

 ジャックはニナの答えに対して、更に質問を続けた。

 「へぇ...そこまで出来るのか。なら内臓とかの欠損があったらどうする?」

 「万能細胞でなんとかなるならそれに越した事は有りませんが、出来ない場合は内臓も人工の物に取り替えるしか...」

 「そこまで考えられているなら立派なもんだよ、ニナちゃん。あぁ、煙草良いかな?」

 「はい、大丈夫です」

 ニナの答えを聞いたジャックはすかさず煙草を咥えて火を着けた。

 「フゥ...ごめんね、煙かったら言ってくれれば消すからさ」

 「いえ、友達が吸ってるので慣れてますから...」

 その時のニナは曇った表情をしたが、ジャックは特に言及はしなかった。

 「俺にも友達ってのは居るんだよ」

 「きゅ、急ですね。まぁ、居るでしょうね」

 ニナが若干引き気味になったが、ジャックは構わずに話を続ける。

 「軍人になるって決めた時に喧嘩別れしてきたけどね。今はその事だけが心残りなんだよ。あの時、アイツに少しでも優しくしてやれたなら今でも連絡取ってやることも出来たんだけど...」

 「失礼じゃなければお聞きしたいんですが、その友人とは?」

 ニナの質問にジャックはコーヒーを飲みながら答えると、ニナはその答えに驚愕した。

 「レティシア、レティシア・アーテル。多分、今頃は医者になれてるんじゃないか? 若しくは誰かと結婚してるかもな。この歳になると若干だけど、結婚するやつが増えてくるからね」

 「し、知らないんですか?! レティシア・アーテル! 天才医師で『神の医者』って呼ばれてるほどの医者ですよ!」

 「へぇ~、レティシアの奴そんな風に呼ばれてるのか」

 「知らないんですか...」

 「俺ら軍人は都市の警護で都市に行ってもそれ以外じゃ行かねぇからなぁ。あ、今日は例外な?」

 ジャックはそう言いながら何かを書き始めた。

 「何を書いてるんですか?」

 「あぁ、これ? これはレティシアの連絡先。変わってなきゃこれで通じるよ。そのロボット生体医学をレティシアに教えてあげてな。アイツ、医療に関してならなんでも覚えられるからよ。あぁ、釣りは取っといて」

 ジャックはそう言って机に金を置いて出ていった。

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 「フゥ...これで何本目だっけ...? まぁ、良いか」

 ジャックは紫煙を吐きながら独り呟く。

 「そう言えば俺、レティシアの連絡先まだ覚えてたんだな...」

 その事を嬉しく思い、ジャックの口角が上がった。その後ろ姿は誰もが憧れる理想像に見えた....

 

 

 

 



 



 

 

 

 

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