第十話
逃げたいと思った。血潮と火薬・硝煙の臭いが鼻に絡み付く戦場から。兵士と武装したアンドロイドの亡骸や残骸が無数に転がる山を越えていかなければならないと思うと、吐きそうになる。そんな思いとは裏腹に、周りはそれを強要した。
『雑兵は上の命令に従え』やら『逃げずに任務を遂行しろ』だの『死にに行くのが兵士の誉れ』なんて言い出す阿呆も居た。勿論、そんな事を言う奴から死んでいったが...。
何故、俺らは雑兵扱いを受けなければならない。そう言うお前よりも俺は何倍も訓練に励み続けた。上官共が娼婦と気持ち良い事してる時でも訓練に励んだ。そんな俺らより無能なお前らが戦地に赴くべきだ...。
なんて夢の中で愚痴ってみるが気持ちが晴れる訳でも無く、最悪の気分でジャックは目を覚ました。
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「...ダセェな、この軍服」
鏡の前に立つジャックが苦笑いでそう言う。鏡に映るジャックは新しい軍服に袖を通していた。
問題なのはデザインで、今までの軍服はロングコートタイプのシンプルなデザインだった、
それに対して新しい軍服は膝丈の長さに肩には昔話で出てくるような王子様の様な装飾が追加された。それのせいでジャックは機嫌が悪い。
出来ることならば以前のロングコートタイプに戻して欲しいと願うばかりだ。
「おい、ジャッキー。似合ってねぇな」
「うるせぇぞ、アル。オメェこそ似合ってねぇ」
二人はそう言葉を吐きながら、上官の部屋へと歩いて行った。
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「なんで俺があんな問題児を部下にせにゃならんのですか!」
ジャックの怒号が部屋に響く。けれど上官はそれに臆せずに淡々と言葉を続ける。
「少なくとも私は君の実力を買っている。
笑いながらジャックにそう問い掛ける上官にジャックは何も言えない。
「会話しようとしないんじゃどうしようも無いでしょう? コミュニケーションが取れない兵士なんて何の役にも立たない。それどころか仲間の命を危険に晒す。そんな兵士に誰も背中は預けたくない」
「私は上官を殺す兵士の方が嫌ですね」
「チッ...俺にどうしろと?」
「別に。会話出来る様にしろとは言わないよ? 只、兵士として使える様にして欲しい。その為なら殺したって構わないよ」
上官の言葉にジャックは敬礼して下がる。
「あぁ! 君のパワードアーマーね。新型の試作機に変えておいたから!」
「勝手に変えんで下さいよ」
そんな他愛無い会話でも所々にトゲがある会話だった。
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「俺がお前の上官に就任したジャック・フォン・アースボルドだ」
「......」
(噂以上に何も喋らねぇな。うんともすんとも言わん)
ジャックの目の前に立つ兵士が喋らない兵士だった。
「挨拶すら出来ねぇのか? テメェは」
「....アレン。アレン・オズワルド」
アレン・オズワルドと名前を名乗っただけで、また黙り込んでしまった。溜め息を吐き、頭を掻くジャックは内容だけ話して素早く移動してしまった。
「取り敢えず、今日は都市の警護とウェイトトレーニングの二つだ。装備の場所は知ってるな? ほらちゃっちゃと準備してこい」
部屋に一人取り残されたアレンは何を思ったのか、ジャックは考えない様にした。
考えてしまうと、同情に近い気持ちを持ってしまいそうだったから。同情以上に空しいものは無いから。
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「よぉ、ジャック!! 今度、うちの店来てくれよな!」
「あぁ、近いうちに行かせて貰うよ!」
道行く人にそう声を掛けられるジャック。それに愛想良くはにかんだ笑顔で言葉を返していく。
「都市の警護って言ってもな、犯罪を見逃さなけりゃ良いってもんじゃねぇんだ。都市の人達と良好な関係を築くことも大切な事だ。...だからそんな睨む様な顔で市民を見るな」
「......」
「また黙りか? お前の黙りも都合が良いんだな、随分と。黙る事が時として不正解になる場合もあるって事、解ってるか?」
ジャックは諭す様に喋り掛けるが返ってくるのは沈黙。その沈黙はどこか孤独を感じるものなのをジャックは悟った。
「...なんでそんなに流暢に喋るんですか、ジャック軍曹?」
「開口一番に質問かよ。なんで流暢に喋るか? 決まってんだろ。その方が楽しいからだ」
「....楽しい...?」
ジャックの答えに怪訝そうな顔をするアレン。ジャックは笑いながら続けた。
「そうだ、楽しいから喋る。死人に口無しと言う様に死んだら喋る事は出来ない。だから今を全力で楽しむ為に喋って笑って生きるんだよ」
「....俺には良く、わかりません」
「俺も最初は喋る必要は無いと思ってた。どうせ他人だからと理由つけて他者とのコミュニケーションを取らずに居た。そん時に会った女の子に言われたんだよ」
「....なんて?」
「喋る方が楽しい。生きてるのに喋らなかったら死んでるのと同じ。だから一緒に喋って笑おうってな。俺の考えが悉く覆された瞬間だった...」
ジャックの言葉にアレンは少し笑う。
「14歳の女の子だった。将来は医者になりたかったそうだ」
「....何を言って...?」
「その子はとある誘拐犯に捕まり強姦され。...俺はその場に立ち会ってしまった。調べれば出てくるから詳しいことは省くが...二度とあんな事件には立ち会いたく無いな。...話しすぎたな、警護に戻ろう」
「....了解」
ジャックとアレンはその両手にアサルトライフルの重さを感じて歩き出した。
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時間は進み、ウェイトトレーニングをやっている最中。
「フゥ...少し休もうかな...お前も休んだらどうだ?」
「....」
昼間あんなに喋ってたのに...とジャックは笑う。そんなジャックにアレンは剣を刺すように言い放った。
「....俺は貴方を少しは信用しても良いかもしれません。ですが、話そうとはあまり思いません」
「あっそう? ならそれで良いさ、けど楽しくないと思うぜ? その人生」
ウェイトトレーニングを止めたアレンが休憩中のジャックの隣に座る。
「調べました、ジャック軍曹の言っていた事件について。その誘拐犯は当時の貴方の上官だ。そして逆上して少女に拳銃を突きつけた。貴方は少女を護るために上官を殺した。それが貴方が上官殺しと言われる所以ですね?」
「やけに饒舌だな。まぁ、その通りなんだが...実際はちと違う。奴は逆上したんじゃない、人質にしたんだ。だから殺した。躊躇い無くな。元々、評判の良い上官じゃ無かったからな、訓練や仕事をサボって娼婦と遊んでばかりの奴だったからな。死んで当然さ」
ジャックは拳を握り締めて、息を吐いた。あまりにもその姿が辛く感じたのかアレンは言葉を続けた。
「......その少女についても調べました。その少女は現在、貴方に語った夢を叶える為に猛勉強しているそうですよ。そして連絡を取り、聞いてみました」
「お前、マジで馬鹿だろ」
ジャックの呆れた様な言葉をアレンは気にせずに言葉を続ける。ジャックはその精神は立派なんだがなぁと苦笑いで思っていた。
「......なんとでも仰って下さい。そしたらその少女はなんて言ったと思います?」
「さぁな、目の前で人が死んでんだ。いい気はしねぇよな」
ジャックは自分を嘲る様に笑う。それを見てたアレンははっきりと口にした。
「...『感謝している』だそうですよ。命を救われたと笑って言った。俺は貴方を誇りに思う。
「...はぁ、アレンよ。俺らは生きてまた明日を迎えるために戦う。感謝されても殺しは殺しだ。お前も速い内に上がれよ」
ジャックは手を振りながらウェイトルームから出ていった。その足で海が見える場所まで移動した。
「感謝してる...か。上官殺しの異名を貰った甲斐があったってもんか...」
ジャックは独りでそう呟いた。
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