第八話
ジャックとアルが上等兵になってから数ヶ月が経過したある日。二人はとある研究所に来ていた。
「君がジャック・フォン・アースボルド君とアルフレッド・デュナイル・オーグナイス君だね、よく来てくれた。さ、こちらに」
ジャックとアルは案内され、男の後ろを歩いていく。しかし二人の心境は互いに違った。片や感心したように研究所内を見渡す者。片や用心深く足音を立てずに歩き、確認するように施設を見る者。とてもコンビとは思えない程に二人は正反対だった。
「おい、ジャッキー。本当に俺らのパワージャケット作って貰えんのか?」
「知らねぇよ、アル。けど、上官の話は本当だと思うぞ? 結果として俺らの名前を知っててこうやって通してるんだから。外の警備みたか?俺ら軍人には劣るが、研究所の警備にしちゃ良いモン持ってやがる」
ジャックが嫌そうな顔でそう言って窓を指すとアルは物珍しそうに見た。
「あぁ、あれか。あれってXMD社のノーゼンルプスだろ? あの銃って旧式扱いされてるじゃん」
アルの言葉にジャックは呆れた様な声で返し、説明を始めた。
「お前、それでも軍人か? XMD社の銃はいままで一度もハズレが無い良銃ばかりだ。それにノーゼンルプスは旧式とは言え、12.7㎜×99㎜NATO弾を使用する総弾数200発の特製ドラム式マガジン。そしてプルバップ方式のアサルトライフルだ。更に、あの警備の連中はそれに加えてサプレッサーを付けてやがる。しかも、この研究所で作られたんだろう。カタログとか展示会でも見た事が無い光学スコープも乗っけてる。戦場じゃ使い物になるかは知らねぇが、侵入者の排除位なら軽々とこなす連射速度と取り回し易さに加えて、俺らの使ってるアサルトライフルに迫るストッピングパワーを持ってる」
ジャックの長い説明をどうでも良い様な表情でアルは言葉を返した。
「ふーん。けどよ、ジャッキー。そんな大層な装備を持たせてまで護るべき場所なのか?」
またもジャックはアルに説明を続けた。
「そういう場所なんだよ、ここは。ここは現時点で最先端のロボット研究所だ。ロボット工学にアンドロイド工学、アンドロイド心理学...果てには、アンドロイドを有効活用する方法の研究までやってるらしい。それに俺らを案内してる博士、ジェームズ・リックアス博士。ロボット工学、アンドロイド工学並びにアンドロイド心理学の世界的権威だ。アンドロイドに組み込まれている三原則は博士が自ら発表したものだ。この人が居るからこの研究所は最先端の研究所になりうるんだ。因みに都市にあるゼウスを作ったのもあの人だぜ?」
「三原則? なんだよ、それ」
「マジで言ってんのか?」
「あぁ。三原則なんて聞いたことがねぇ」
博士は二人の話を聴いていたのか、説明を始めた。
「...少し講義しましょうか。三原則と言うのはですね、ジャックさんもご存知でしょうけど。アンドロイドの脳に埋め込まれたリミッターの様なものです。それは人間で言う所の理性となります。アンドロイドの本能は『人間の忠実な僕である事』ですから、なんでもかんでも人間の命令に従ってしまう。それは余りに危険なのです。」
「なぁジャッキー。なんで危険なんだよ。良いじゃねぇの忠実に従ってくれるなら」
「....黙って聴いてろ」
アルの言葉にジャックは肩を落としながら答えた。
「では想像してみてください。ある男が恋人にフラれました。理由は特にありません。男はフラれた事に苛立ちを覚え、恋人に殺意を抱きました。男の手元にはアンドロイドがいます。さて、忠実に従ってくれるアンドロイドならどうしますか?」
「殺すだろうな」
アルの即答に博士は頷いて言葉を続ける。
「そう。だから忠実なだけじゃいけないのです。私が提唱したアンドロイド三原則は名前の通り3つ。ジャックさん、答えられますか?」
博士からの質問にジャックは思い出すように答えていく。
「第一条、人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならない。第二条、アンドロイドは人間に与えられた命令に服従しなくてはならない。只し、与えられた命令が第一条に反する場合は、この限りではない。第三条、アンドロイドは前提として第一条並びに第二条に反する恐れが無い限り自身の身を守る事...ですよね、博士」
「良く調べてますね。ジャックさん」
ジャックは自身の軍服の胸ポケットから本を取り出して博士に見せながら話をした。
「俺は軍人ですよ? 自分が相手にするアンドロイドの事は調べます。それに貴方は以前、銃火器開発の一翼を担うと言われた程の方だ。貴方が開発した射撃補佐プログラムとサーモスコープを俺は未だに使ってます。世間ではレールガンタイプの銃器開発に失敗し、埋もれたと言われてますが、そんなことは無い。貴方は優秀な方だ。この本も俺の愛読書ですから、アンドロイド三原則とアンドロイド心理学についての研究書物を貴方なりの解釈を加えて書いた専門書。とても興味深いです」
この話をしている時のジャックはとても生き生きとしていて、目が輝いていた。
「そうですか....ありがとうございます。三原則を提唱したなんて言われていますが私は只、昔読んだSF小説からアイデアを貰っただけですよ。....さて、着きましたね。ここで基本的な計測を行ってから皆さんが言う所のパワージャケットのデザインの選択、設計に入ります」
トレーニングルームの様な場所に連れてこられたジャックとアルは軍服の上着を脱いでシャツになるとルームランナーへと向かう。
「身長と体重は後に計測しますので、肺活量や筋力などを先に計測しましょう」
「「うーす」」
二人が声を合わせ返事をするとルームランナーの電源をオンにし、走り出した。
────────――──────────
「意外と...キツくね?」
「喋んな、アル。...余計キツく感じる」
二人は今、ルームランナーを走り出してからざっと一時間程走っている。それも全力に近い状態で。それだけでも見るに耐えない姿なのにも関わらず、二人の表情は苦しいものだった。
「はぁ...はぁ...俺、もう無理だわ...」
「な、アル! 軍人...はぁ...だろうが!」
「無理なもんは無理。死ぬわ」
アルはそう言ってルームランナーから降りる。口ではそう言うもののジャックもギリギリの状況だった。息は途切れ、呼吸は過呼吸気味。端から見れば止めに入る程だろう。
「止めなくて良いんですか?」
「ん? いいんだよ。走らせとけば」
博士が心配そうな顔でアルへと問う。けれどアルはスポーツドリンクを飲み干し、キツそうな表情のまま答えた。
「アイツは...ジャッキーは誰かに止められるのが一番嫌いな事だ。もうやらなくて良いと言われた事でも自分が納得するまでやり直す。良く言えば素直・真っ直ぐ・愚直って言葉が似合うが、悪く言えば自分勝手・自己中心・頑固。けど、それがアイツを支えてる...です」
「苦手なら敬語は良いですよ。私なんかより、貴方の方がよっぽど凄いお方ですから。まだ20そこらの青年で上等兵なんですから」
そう言われたアルは照れたのか、うなじを擦る。
「べ、別に俺は凄い訳じゃ...アイツがいるから俺は頑張れるんスよ。もしも俺の相棒がアイツじゃなきゃ、初の戦場でパニックになって死んでたんで...」
「そうかもね。けど、ジャック君は君の手伝いをしただけじゃないのかな? 生き残ったのは君の実力じゃ無いのかい? なら君だって凄い兵士さ」
「えっと....終わったんですけど...」
汗に濡れたジャックは気まずそうに苦笑いをして立っていた。
「え、あぁ! ごめんね、ジャック君。少し休憩したら筋力の測定を始めますので」
「「うーす」」
5分後。二人とも呼吸は整い、体力も回復した。
「それでは、握力ですね」
そう言って博士は良く見る握力測定器をジャックとアルに手渡す。
「....ッ! ...クッソ~! 全く握力上がってねぇ、なんだよ63kgって...。ジャッキーはどうだ?」
悔しそうに歯を食い縛るアルはジャックもあまり変わらないだろうと思い、ニヤケ面でジャックへと問う。ジャックはあまり気にせずに答えた。
「ん? 俺か。俺は...84だな。63って低くないか、アル?」
「オメェ、化け物かよ! 普通はそんな握力ねぇよ!!」
ジャックは首を傾げ疑問に思うが、アルは驚きに似た感情を持っていた。
「てか、パワージャケットに握力なんて要るのか?」
「それが、必要なんですよ。ジャケットの人工筋肉の量を平均から減らすのか増やすのかも大切な事ですから。人工筋肉の量に応じてアシストは大きくなりますから余計にかさばります」
「へぇ...ガワも選べるんですか?」
「選べますよ。基本、皆同じガワにしてますが、ワンオフ機体も作成可能です」
博士の言葉にアルは喜ぶが、博士は言葉を続けた。
「ですが、上等兵のお二人にワンオフを与えると私が怒られますから、もう少し階級を上げてからになりますね」
「でも、パーソナルカラーとパーソナルマークは選べると上官から聞いてます」
ジャックが横から話に入り、そう言うと博士もそれに同意した。
「それに関してはこちらも同意していますから。それでは、漸くですね。身長と体重の測定に入ります」
「やっとか...これで帰って訓練だぞ。アル」
「今日は休もうぜ...ジャッキー...」
「弱くなりたいなら、休めば良い」
二人はそう言いながら身長計に乗る。
「えっと...アル君が179...ジャック君が...184ですね」
「ジャッキー...オメェ高過ぎなんだよ!! 少し寄越せ!」
「無理だろ。お前がチビ過ぎんのが悪ぃだろ」
ジャックとアルの言い争いは殴り合いにまで発展しそうな勢いだったが、アルは「はぁ~」と大きな溜め息を吐いた。
「頭冷やしに外出てくる」
「俺も時間になるまで少し施設を歩いてきます」
二人は軍服を羽織るとトレーニングルームから出ていった。
─────────────────────
「あ~あ~。言い過ぎちまった...てか別に179はチビじゃねぇだろ...」
ジャックは施設を見学がてらに歩いている。ブーツに仕組まれたナイフや鉄板が床に当たる度、金属音を鳴らす。施設に女の子を見つけ不審に思ったジャックは声を掛けた。
「君、ここの職員...じゃないよね? なにしてるんだい?」
「貴方は?」
ジャックはその少女に見覚えがあり、察した。
「君は、ジェームズ博士のご令嬢の...」
「えぇ、ニナ・リックアスです。少しお時間を頂けませんか?」
「別に構わないけど...」
ジャック疑問に思うが、構わずに施設内の近くにカフェテリアがある事を思い出し、そこに向かった。
到着するや否やジャックは二人席に座り、コーヒーを注文した。
「貴方の名前は?」
「ジャック・フォン・アースボルト。軍服から見てわかるように軍人だよ」
ジャックは軍服を見せる様に手を広げ、哀れむ様な顔をした。
「話ってなんだい? 名前を聞くだけ...って訳でも無さそうだけど」
「お父さんって私の事よりアンドロイドの研究の方が大事なんじゃないかって...」
「初対面の俺に良く話せるな。いや、初対面だから...か?」
ジャックはコーヒーを啜りながら話を進める。コーヒーの味を噛み締める様にジャックは話していた。
(このコーヒー上手いな。後でなんの豆使ってどんな入れ方してんのか聞こ...)
「えぇ、そうよ。初対面のジャックさんにしか話せないから話してるの」
「俺は親父の事なんてあまり知らないからな。俺が12の時に死んでるし。けど、父親ってのはどいつもこいつも...録なもんじゃねぇ筈だ。けどよ、親ってのはどこまで行っても自分の子供を信じてるものだと、俺は思うぜ」
ジャックはカップに反射する自分の顔を見ながら答える。録なもんじゃ無い事は、本人が一番良く理解している。その結果がクロスフォード一家の虐殺なのだから...。口からその事が零れそうになり、コーヒーと一緒に流し込む。
「...貴方からはそう見えるのね。あの人も」
「は? どう言う事だ?」
「あの人は私の事を忘れ、育てる事を放棄したの。私が出る行事に来たことなんて一度もない。果てには卒業式や入学式にすら来たことが無いのよ? あの人にとって私はどうでも良いのよ」
ジャックは迷っていた。ここで自分の過去を話せば解って貰えるかもしれない。だが同時に事件として発覚し、今の立場に居られなくなる。天秤に乗せ考え、結果として話すと決めた。
「...今から話す事を誰にも言わないと約束出来るか?」
「えぇ。約束する」
ジャックはニナを疑うように見つめ、溜め息を吐きながら話を始めた。
「俺の親父が俺が12の時に死んだと言ったな?」
「えぇ、言ったわね」
「あれは、嘘だ。厳密には嘘ではないが、俺が殺した。俺の本当の名前はジャック・アルトリウス・クロスフォード。かの有名なクロスフォード家の70代目当主だ。父親なんて所詮、自分の事しか考えない。良いか? 君が父親をどう想っていようが俺には関係無い。父親と言えど所詮、他人だ。父親が君に関心が無いのなら良いじゃないか、好きに生きれば。俺はそうして偽名を名乗って軍人やってんだから」
ジャックはそう言い残し、カフェテリアから出ていった
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