第七話

 ジャックが軍に志願し、正規兵となったのは17歳の夏だった。訓練兵の時点で他と一線を画す才能と実力を持っていたジャックは、一年と七ヶ月の訓練期間を経て、正規兵として軍への入隊を許可された。 

 その二ヶ月後、ようやく作戦に参加を許可され、作戦会議にジャックは参加していた。

 「ジャック二等兵! 聞いているのか!」

 「さ、サー!」

 「なら、作戦内容を復唱してみろ」

 ジャックは焦って返事をしたが、作戦内容はあまり頭には入っていない。作戦内容の復唱に困っていると、作戦内容を事細かに書いた用紙を横からジャックの目に入るように滑らせた人物がいた。

 「...ッ! ...えっと...α隊とβ隊の二手に別れてからα隊は奇襲、β隊は殲滅が主な作戦内容になっています」

 「....そうだ。以後、集中して話を聴け!」

 「サー!」

 なんとかその場をやり過ごしたジャックは席に座る。そして作戦会議は恙無く進行し、終了した。伽藍の洞になった会議室には二人の兵士が残っていた。ジャックとジャックの横に居て、作戦内容が事細かに書かれた紙を見せてきた男がニヤリと笑っていた。

 「よぉ、ジャック二等兵。俺はアルフレッド・デュナイル・オーグナイスだ、長ぇ名前だろ? まぁ、宜しくな。階級はお前と同じ二等兵だからさ!」

 「あ、あぁ。俺はジャック・フォン・アースボルド、宜しく」

 「本当の名前を言ったらどうだ?」

 アルフレッドは鋭い目付きでジャックに迫る。ジャックは勿論解っていた。自分の名前が偽名である事。今の自分は偽者で、本来ならばスピード出世間違いなしの身分である事も...。けれど、ジャックは黙る。

 「白切るつもりか? 知らぬ、存ぜぬじゃ通じねぇぞ? ジャック....。ジャック・アルトリウス・クロスフォードさんよぉ~」

 「...ッ...」

 (なんで俺のミドルネームまで知ってんだよ、コイツ。家族以外は誰も知らない筈だ。誰にも言ってないんだからな)

 アルフレッドはそう言ってジャックに拳銃を突きつける。カチャと拳銃が出すがたつきの音がジャックの耳に残る。

 「どうだ。撃たれりゃ嫌でも話す気になるだろ?驚いたか? ミドルネームまで言い当てられてよ。お前のミドルネームを知ってるのはお前だけ...だとでも? 殺された親の敵の家族の名前位全部頭の中に入ってるに決まってんだろ?」

 「お前...何を言って...」

 「お前の親父が殺した人間の中に俺の親が居たんだよ。この憤り...どうすれば良い? どうすれば俺の憤りが、晴れる?」

 アルフレッドの怒号にジャックは極めて冷静に徹して答える。

 「知らねぇよ。けど、俺の親父は俺が殺した。当然の報いだと思う。間違ってたのはアイツだし、イカれてたのもアイツだ。けど、もうこの世には居ない。居ない奴に復讐するのか?」

 「そんな事...出来る訳がねぇだろうが!」

 ジャックは一歩前に出る。アルフレッドはその事で足を半歩下げた。

 「そうだ。出来る訳が無い。それでも俺にその鉛弾をくれてやりたいなら射てよ。けど、それはお前の自己満足で完結するものだ。....軍も良くて退役処分、最悪の場合は死刑が妥当....だろうな。それでも良いなら殺れよ。家族を皆殺しにした時点で死ぬ覚悟は出来てる」

 「なら...お望み通り殺して...」

 ジャックはアルフレッドの言葉を遮って、向けられた銃を掴むと自身のこめかみへと持っていった。

 「だがな! 引き金を引いて良いのは、引かれる覚悟のある奴だけだぞ。お前にはあるか? 引き金を引かれる覚悟が...!」

 「な、なんなんだよお前!」

 アルフレッドが震えながらジャックに問うとジャックは悲しそうな顔をして答える。

 「俺か? 俺は只の人間だよ。誰も護れなくて...全部捨てた。そんで捨てた事を後悔して、何も無い事に怖くなったから何もかもをを護る事にした。そんな人間だよ...」

 「何があったんだよ...お前には...」

 「関係無いな、お前には。俺みたいな思いをする奴は...俺だけで十分だ」

 ジャックはそう言って会議室を出ていく。残されたアルフレッドには疑問だけが残っていた。


─────────────────────

 二週間後の作戦当日。ジャックとアルフレッドは同じβ隊として作戦に参加していた。

 「ジャック二等兵とアルフレッド二等兵は裏に回り込め。回り込んだら連絡を入れろ。追って指示を出す」

 「了解」

 「了解しました」

 二人はそう言って裏へと回り込んでいく。

 「なぁ、ジャック」

 「作戦中だ、静かにしろ」

 ジャックはそう言って右耳に着けた無線機をオンにする。

 「こちらジャック・アルフレッドペア。無事、目標地点へ到達しました。指示を」

 「...ジ....ア...」

 「た、隊長...? 指示を!」

 無線は酷く荒れ、一言も聞き取れない状態で、溜め息を吐きながら無線機を切ると先程まで自分達の居た地点。まだβ隊が残っている地点で巨大な爆発が起きた。

 「...ッ! ....マズイな、これは。俺らに指示を出せる人間が居なくなった」

 「マズいのか? 俺らだけで作戦を成功させれば良いだろ...?」

 アルフレッドの問いに対して、ジャックが苦虫を噛み潰したような顔をして答える。

 「無理だね。今回の作戦は俺らβ隊が要だ。さっきからα隊の状況も流れて来てるけど、どうも良い状況とは言いがたいね。α隊の奇襲は失敗。現在、交戦中らしい。奇襲部隊の奇襲が失敗して、更に俺ら殲滅部隊も壊滅。恐らくさっきの爆発であの地点にいた兵は全員が木端微塵になってるだろうし...スナイパーライフルは?」

 「レールガンタイプのなら敵兵が使ってた奴を持ってきてる」

 ジャックは空間ディスプレイの地図を見ながらチェックを付けていく。アルフレッドはジャックの問いに対し、見せて答える。

 「良し。なら俺らはあの高台に行こう。あの高台から狙撃していけば...増援が来るまでの約二時間半を稼げる筈だ」

 「やれるのか? 訓練を終えたばっかの新兵の俺らに?」

 「やれるか、やれないか。そんな小さい話じゃねぇよ。やるしかないんだ....死にたくないならな」

 ジャックはアルフレッドが持っていたライフルを取って高台へと歩き出すとアルフレッドもジャックの後を追って歩き出した。


─────────────────────

 二人は高台へと辿り着いた。けれど、高台から見えた景色は地獄そのものだった。二人共、理解はしていたのだ、戦争とはこういう地獄だと兵士になる前から理解していた。だが、頭の中の理解したシミュレーションの現実と実際の現実との差があまりにも大きすぎたのだ。その差に二人は恐怖した。

 「や、やるのか...ジャック...? この人数を...?」

 「.....あぁ....」

 「理解してたけど...こりゃねぇよ...」

 悪態を付くアルフレッドを横目に、ジャックは俯せになりレールガンタイプのスナイパーライフルを構えた。

 「フゥ....アルフレッド、怖いなら逃げろ。戦場じゃ、臆した奴から死んでいく。誰も責めはしないだろうよ....。けどな、アルフレッド。逃げた奴は繰り返し逃げる様になるぞ。怖くなったらすぐに逃げる様になっちまう。そんな風になりたくないってんなら戦え。....まぁ、逃げても被害が増えるだけで結果的には死ぬのは確定だけどな。ならせめて生きてる間だけは...俺は好きなように戦わせてもらう」

 ジャックは再度息を吐いた。一瞬、時が止まったような錯覚を覚えると同時に引き金を引いた。轟く爆音と微かな電子音を響かせて放たれた弾丸は敵兵一人ではなく、六人の頭を撃ち抜いた。

 「レールガンタイプのは弾速が速いのは良いが音と衝撃がネックだな。今ので近場の兵士には位置がバレた」

 「ど、どうすんだ?」

 「どうもしない。放っておく」

 ジャックの言葉に驚きながら、アルフレッドは言葉を返す。

 「放っておく? ここに来ちまうだろうが!」

 「来ないな、絶対に。俺らは遠回りに遠回りを重ねてここに来た。その理由はなにか。直線的にここに来ようとすればすぐに地雷源だ。熟練の兵士なら地雷源に突っ込む馬鹿はやらないし、もし地雷源に突っ込んでも新兵かダミーの囮だな」

 「落ち着いてるな、お前」

 「いや? 今にも逃げたしたくて手が震える。だから狙撃もミスった。さっき言ったろ? 俺は逃げ続けるような臆病者にはなりたくない。って逃げて軍人になった俺が言える言葉じゃないね。今は只、敵の脳髄を吹き飛ばす事だけを考える様にしてる」

 ジャックはそう言いながら息を吐き、続けて狙撃を行っていく。

 (そう言えば...レティシアの奴、どうしてんのかな...俺の事なんか忘れてんだろうな...)

 「ジャック! あの飛行機!」

 「ん...? あ、あれは! 爆撃機! ここからじゃ友軍機かどうかわからねぇ...」

 アルフレッドが指を指す方には遠くからでも大きいと思わせるシルエットをした爆撃機が飛んでいた。

 「多分...あのシルエットだから友軍だよ! ジャック!」

 「待てよ、予定じゃ最低でも二時間半だぞ? まだ一時間も経っちゃいない。滑走路のある駐屯地は近い所でここから100キロは離れてるんだぞ?」

 ジャックの疑問にアルフレッドは軽く答える。

 「飛ばせば100キロなんてあっという間だろ?」

 「実際そうなんだが、俺みたいな二等兵の応援要請に答えるか?」

 「お前、クロスフォードの名前使ったか?」

 「無線で応援要請したんだぞ? お前は俺と一緒に居たんだ、俺がクロスフォードを名乗ってない事くらいわかるだろ」

 ジャックはアルフレッドを横目に、答える。

 「ジャック! 見てみろよ! あの爆撃機、通り過ぎてくぞ!」

 「別の戦場に向かってた奴か...まだまだ応援は来ないぞ、こりゃ」

 ジャックは持っていたスナイパーライフルを捨てて自身の装備であるアサルトライフルへと持ち変えた。

 「レールガンも弾切れだしそろそろ行きますか」

 「またあの迂回ルート通るの? えぇ~俺、疲れたよ」

 「ならお前だけ地雷源に突っ込んだらどうだ? 運が良ければショートカットになるぞ」

 ジャックは笑いながら射撃補佐プログラムを入れたゴーグルを着ける。

 「それでも良いけど、万が一ってのが有るからな。迂回するよ」

 アルフレッドも同様にゴーグルを着けた。

 「さて、ジャック! 楽しんで行こうか!」

 「ったく。付き合わされる俺の気にもなれよ、アルフレッド」

 二人は拳をぶつけ合って山道を下って行った。


─────────────────────


 「アルフレッド! 二時の方向、二人行ったぞ!」

 「OK!」

 アルフレッドのアサルトライフルが火を吹き、真鍮色の空薬莢がカエジェクションポートから排出され、銃口から弾丸が飛んでいく。弾丸は敵兵を仕留め、カランと空薬莢が落ちる音だけが響いた。

 「これでこのブロックは殲滅完了。次のブロックだ」

 

 そうして二人はこの戦場を駆けていった。


─────────────────────

 作戦終了から二日後の話。ジャックとアルフレッドは増援が駆け付けた頃には戦場には死屍累々の数々と二人の兵士が背中合わせに寝ていた。と報告書には書かれていた。作戦失敗の絶望的な状況下でも諦めず作戦を成功させた二人には特例として上等兵への階級の上昇が認められた。

 「これからも活躍に期待しているよ。ジャック・フォン・アースボルド上等兵、並びにアルフレッド・デュナイル・オーグナイス上等兵」

 「ハッ!」

 「了解!」

 二人はそれぞれに返答をしてその場を後にした。

 「なぁ、ジャック」

 「なんだよ、アルフレッド」

 ジャックは飽々したように返事をする。

 「もう止めようぜ。あんだけ一緒に戦った戦友から他人行儀で呼ばれるの嫌なんだわ」

 「そ、そうか...悪い」

 「だから....」

 そう言ってアルフレッドは立ち上がり、ジャックへ手を差し伸べた。

 「アルで良いぜ! 俺もお前の事、ジャッキーって呼ぶからさ!」

 「オーライ、アル。それでいこうか」

 ジャックはアルの手を掴み、立ち上がった。

 

 二人は戦友として戦い、戦場を駆ける─── 

 

 



  

 

 

 



 

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