第二章:過去の想いと決別を
第六話
現在から数十年前。ジャック・クロスフォードはクロスフォード家に生まれた。
クロスフォード家は所謂上流階級の貴族の家柄で、代々裏から歴史を操り、変えてきた。一人は軍人として戦争で歴史を変え、一人は政治家として国や都市そのものを牛耳り、操って変えた。そんな家の70代目当主として育てられたのが、ジャック・クロスフォードだった。
彼にはありとあらゆる知識を学習させ、ありとあらゆる格闘技・武術を体に叩き込まれる。何故か、歴代の誰よりも強く、賢く、気高くある為。
けれど、彼が『これは間違っている』と理解したのは齢4歳の頃。偶然の事だった。ジャックが外を眺めていた時、彼の屋敷があった地域では暴動が起き、彼の屋敷も狙われた。その暴動を静めたのが『軍神』と恐れられた軍の総司令官である彼の父、フロイド・ヴァン・クロスフォードである。ジャックの目にはただ、飢えで苦しむ人達の悲痛の叫びが写っていた。ただ、富を恵んで貰いたかっただけ、助けを求めていた人々を自分の親は殺したのだと。ジャックはその時、正義の味方になる事を決意した。誰にでも平等で、公平で、悪を討ち、人々を助けられる執行者になろうと......。例え、自分の考えが常軌を逸していようと、間違いで有ろうと、人々を助けられるならそれで構わないと...。ジャックはその日に誓った。
『弱く力もない者が、強く力のある者に蹂躙され、淘汰される。これのどこに罪がある。この世で絶対的な罪は弱者であることだ』
この言葉はジャックの父であるフロイドが呪いのようにジャックに刷り込んだ言葉だ。
「僕は...間違っていても、僕が正しいと思った事をやっていく。父さんは間違ってる!」
ジャックはこの時、自分の家族への復讐を決意した。
時を同じくして、クロスフォード家と親しい仲であった上流階級の貴族であるアーテル家。
アーテル家にはジャックと同い歳の優しく金髪のロングヘアーが特徴の少女が居た。その名前はレティシア・アーテル。
彼女の家は代々医者の家系で、更に言えば、アーテル家はクロスフォード家に婿や嫁に行く人間が多いのである。それ故にクロスフォード家とアーテル家は親しい仲で、コネクションを多数持ち合わせている。
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時は流れ、ジャック・クロスフォードとレティシア・アーテルが12歳となった日。ジャックはクロスフォード家を壊滅させた。屋敷が静まり返った深夜に力の弱い順に家族を殺していった。ジャックは一年間も計画に費やした。怒りや苦しみを堪え忍んで。
「お、おい! ジャック! 何をしている! お前は自分のしている事が解っているのか! 正気じゃない!」
最後だ。最後の最後でフロイド・ヴァン・クロスフォードに気付かれてしまった。フロイドがそう言うもののジャックの心には届かない。フロイド自身が命乞いに耳を貸すなと、そうジャックを作り上げたからだ。ハイライトの消えた目でジャックはフロイドを見下す。
「知らねぇな...この世で絶対的な罪は弱者であること...だろ? これはあんたの言葉の筈だ...。自分がいざ弱者の側に立って初めて気付くんだ...。自分の考えは間違っていた...ってな。あの世であんたが殺した人達に頭下げて、詫びて来い」
「や、辞め―────」
ジャックは手に持っていた刀で父であるフロイドを刺し殺した。屋敷の壁や床、天井、果ては返り血でジャックまでもが赤く血で染まっている。
「....これが、正義って言えるのか...? 言って良いのか...?」
ジャックは屋敷に転がっている死体を眺めながら消えそうな声で呟く。目からは涙が流れ、頬を伝う。広く無人の屋敷にジャックの嗚咽が響き渡る。
(なんで泣く...? なんでこんなにも胸が苦しい...? 間違った事をしたこの屋敷の人間を、殺しただけじゃないか。ただの掃除だ...なのに、なんで...)
頭ではどうとでも言える。家族は間違った事をした。
夜な夜な、屋敷がある街の女子供を拐っては犯し、暴力を振るい、挙げ句の果てには薬漬けにし、壊して殺す。そんな悪を為す獣を排除しただけだ。口や頭ではそう言える。
だが、心は違う。既にジャックの心が死んでいたとはいえ、実の家族を全員殺したのだ。無事な訳が無いのだ、無事な方が可笑しい位な程に。ジャックは故に泣き喚いた。夜が明ける頃には普段と同じジャック・クロスフォードに戻らなくてはいけないから。
ジャックの慟哭は誰も聞くことは無かった───
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その翌日。ジャックはアーテル家に養子として引き取られた。
ジャックが起こした一家虐殺は屋敷には既に屋敷を出て居なかったクロスフォード家の人間...。ジャックの兄であり、政治家のヴェイン・クロスフォードが事件を書き換え、犯人を不明として捜査を進めさせた。犯人なんて捜査したところで捕まる訳が無いのに...。
「彼があのクロスフォード家のご子息のジャック・クロスフォード君だ、レティシア? 仲良くね?」
「はい。お父様」
ジャックは目の前に立っていた少女に目を奪われた。クロスフォード家にいた女は全員が男勝りな体格をしていたから。だからジャックはレティシアに目を奪われたのだ。
少女らしい細くしなやかな腕、透き通る様な白い肌。そして整った顔。ジャックは我に返り、ハッとする。
「えっと...ジャック・クロスフォード...です。宜しくお願いします」
そう言って頭を下げる。
「そう畏まらなくても良いんだよ、ジャック君。昨日の今日ですぐに受け入れろ、なんて無理だと思うけど...君はもう家族だからね」
レティシアの父、ウィリアム・アーテルはジャックの頭を撫でながら笑い、そして抱き締めた。
その瞬間にジャックの心は蘇ったのかもしれない。ジャックはなぜだか暖かいと感じた。体温かもしれないし、触れたことの無い人肌の暖かさに驚いたのかもしれない。けれど、ジャックは自然と涙を流していた。
「我慢しなくて良いんだよ、ジャック。君は耐えている方だよ。人によっては家族を亡くせばその場で大泣きする人が大半だ。と言うかそれが当たり前なんだろうけどね。君は悲しさとか辛さとか全部を耐える癖がある。だからもう良いんだ、ジャック。辛いときは辛いって言って良いんだ。それが君を強くする」
「...強く...?」
ウィリアムの言葉にジャックは聞き返す。
「そう。我慢するってのは確かに強い人しか出来ない。けどね、辛いとか痛いとかはっきり言える人はもっと強い人しか出来ないんだ。だから君はもっと強くなれる」
「...うぅ...ッ..くぅ..」
声になら無い嗚咽が口から出ていく。まるで今までの人生が辛いものだったかの様に。
「どこか痛いの....?」
声の方を向けばレティシアが居て、頭を撫でている。ジャックは赤く腫れた目をしたまま答えた。
「いや、別に...痛いとかじゃなくて...ただ...」
「ただ...?」
「なんだろうな。今までの痛みとか、怒りとか全部。全部、忘れられた気がする。もうこれであの屋敷での生活とはお別れしようかなって」
ジャックはそう言って笑った。その顔は今までのどの笑顔よりも爽やかで、清々しい笑顔だった。
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そしてジャックとレティシアが16歳となったある日。学校の帰りにジャックは話を切り出した。
「レティシア。俺、軍人になろうと思う」
「いきなりだね。どうして?」
「いや、前から決めてた事だし...おやっさんにも言わねぇと」
ジャックはそう言って頭を軽く掻く。レティシアはどうも納得がいかないようで、不満そうな顔をしている。
「お父様なら居ないわよ。明後日まで」
「えぇ...俺、明日には家出て軍に行くから今日中に伝えたかったのになぁ...」
「そんないきなりじゃ無くて良いじゃない!なんでそんな...」
家に着いて、互いに鞄を部屋に置いて談話室で二人は話し合う。
「さっきの答えから言ってやるよ。俺はクロスフォード家の人間だ。アーテル家の人間じゃない。当たり前だよな? なら俺がちゃっちゃと家を出る事のどこに不満がある? 金か? なら軍人になってから幾らでも返す」
「違うよ...もっと簡単な話。お金とかそんなことを言ってる訳無いじゃない!」
「解んねぇな...何が言いてぇんだ、レティシアは?」
ジャックは敢えて冷酷に徹する。
「なんで! なんで解らないの!? 貴方はあなたなの! クロスフォード家の人間だとしても軍人になる必要は無いの!」
「それは俺の勝手じゃないか? お前の価値観だけで語るなよ。俺は俺の為にも軍人になるんだ。クロスフォード家? ハッ! 知ったこっちゃねぇな! なんせクロスフォード家虐殺事件の犯人は俺なんだからなぁ! あんな獣畜生を殺して何が悪い! 俺はクロスフォードを名乗るのすら嫌になるくらいなんだからなぁ!」
レティシアの悲しそうな顔にジャックは心を痛める。けれど自分とレティシアの為だと言い聞かせなんとか言葉を絞り出す。
「嘘...だよね? ジャックが虐殺事件の犯人...? 下手な嘘は辞めてよ! 冗談でも言って良い事と悪い事があるよ!」
「疑問に思わなかった訳じゃないだろ? なんで俺より弱い腹違いの弟が殺されて俺が殺されないのか、なんで『俺』だけが生き残ったのか。疑わなかった訳じゃない筈だ」
「そ、それは...」
レティシアは言葉に詰まる。実際の所、疑いが無かった訳じゃない。微かだが疑いはあった。あったが故にはっきりと否定できない。
「図星...か。俺もだが、散々家族だ何だと言っていた裏では疑ってた訳だ。ん? まぁ、仕方無いよな。....話が変わったな。つまり、だ。そんな人殺しと一緒に暮らすのは耐えられないだろうから俺が元々なろうと考えてた軍人になる為に家を出るんだよ。元に戻るだけだ。退学届も出してきて受理されたしな。この家を出るよ」
ジャックはそう言って自分の部屋へ向かうと荷物をトランクの中に詰め込んでいく。と言っても荷物は少し大きめなトランクに入ってしまう程度の物だけだ。そしてトランクを持って玄関を出た。
「待ってよ! ねぇ、ジャック!!」
「....」
ジャックは前に進む足を止めた。
「行かないで....お願いだから...私の前から消えないでよ...!」
レティシアの声が上擦ったのを感じたジャックは振り返った。
「レティシア...わりぃな。これが俺の最後の我が儘だ。これで許してくれ」
ジャックはそう言ってレティシアを抱き締めると、トランクを持ち上げて歩いて行った。
レティシアの悲しそうな泣き顔と声がジャックの中で木霊する。ジャックの表情も悲しそうな顔をしていた。
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