第五話

 大量のアンドロイドに襲われ、自身の車が廃車になった二日後。ジャックは病院に搬送されていた。


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 「ねぇ、看護婦さん。俺さ、仕事あんだけど退院出来ない? 早めるだけでも良いんだけど、出来ない?」

 「無理ですね。安静にしててください。貴方の腹部に穴が空いていなければ退院で良いんですけどね」

 「ありゃりゃ....こりゃ手厳しい事で...」

 話を遡ると先日の事。最近の仕事は件のアンドロイド殺しの延長の様な仕事ばかりでジャックはエイデンロボティクス社の工場を始め、色々な所で聞き込みをしていた。結果として前のように大量とはいかないが、少数のアンドロイドにまたしても襲われ、運が悪い事に左腹部にアンドロイドの投げた鉄骨が刺さり病院に搬送され、現在に至る。

 「暇だなぁ...別に腹に穴が空こうが俺らはドンパチやってたんだがなぁ...いつからこんなにお優しい世界になったのやら...」

 ジャックは呆れた様に首を横に振りながら溜め息を吐く。横から声を掛けられ、声の方を向いた。

 「それは貴方が現役軍人じゃ無いからよ、ジャック」

 「いやぁ...これでもまだ現役張れる年齢だぜ? レティシア」

 レティシアと呼ばれた女性は医者であり、ジャックの想い人でもある。そのレティシアは呆れたような顔をしてジャックへ喋り掛けた。対するジャックは余裕そうな笑みを浮かべている。

 「貴方、左腕と三本の肋骨が機械義肢なんだから....更に左肺はドナー。復帰は無理でしょう?」

 「確かにそうだ....。未だに機械義肢の軍人は大量に居る筈でしょ? それに俺のオペをしたのはレティシアだ。この病院で最高の医師で『神の医者』とまで呼ばれる腕を持った医師がレティシアで良かったとあの時、嫌ってほど思ったよ」

 ジャックは普段の様なニヒルの様な喋り方ではなく、優しい喋り方で話している。レティシアはジャックの近くの椅子に座ると悲しそうな顔をした。

 「私ね、ずっと後悔して、迷ってる。貴方を幼馴染みとして送り出したあの日....なんて声を掛ければ貴方は行かなかったんだろうって...そしたら、貴方が腕を失う事は無かった。貴方が...」

 「辞めろ。レティシア....お前が後悔して、迷う必要は無いさ。それにレティシアがあの時、俺を送り出したのは間違いじゃ無いよ。俺が勝手に怪我して勝手に腕を失って、肺を持ってかれただけだ」

 ジャックは右腕で、左腕を擦る。レティシアは立ち上がり、笑顔で言った。

 「...そうね。久し振りに貴方の顔が見れて、声を聞けて良かった。それじゃあね。あ、病院から抜け出さないでよ! せめて明日までは安静にしててよ! いくら最先端医療でも治らない位に貴方の怪我は尋常じゃ無いくらい酷いから」

 レティシアは入り口から顔をだしてジャックに釘を刺す。ジャックは一瞬だけひきつった笑いを溢した。

 「ハハッ...そんなに酷いもんか? これ...? まぁ、ソロモンとランディーに情報収集させてるし大丈夫だろ」

 ジャックはベッドから起き上がり入院服を脱ぐと、部屋に備え付けられた姿鏡で自身の体を見る。

 「良く見ると、ひっでぇ体だなぁ...けど、俺の体...か。哀しくなるなぁ、こんなにズダボロだと

 ジャックの体は見るも無惨な傷痕や縫合後・手術痕が残っており、左肩と左脇腹の傷は白くなり、縫合痕も目立つ。身体中には弾痕や切り傷が多数あった。傷の上からまた傷が...と言える様な身体。流石、元軍人であり、元傭兵でもある。と言える。ジャックは入院服を着直すと外へと歩いていった。


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 (あぁ...チクショウ....アイツと話すと何でこうも憂鬱になってくんだ....こうなるのが嫌で出ていった筈なのに...俺は...)

 ジャックは病院内を歩いている。思考は一歩づつ進む度、深く沈んでいく。ジャックは病院の敷地内にある庭園まで歩いていて、目についたベンチへと腰掛けた。

 「....フゥ....」

 ジャックは溜め息を吐き出す。その溜め息には今日までの疲労を抜く様で、とても重々しかった。

 「ったく。煙草すら吸えねぇとは...しゃあねぇけど」

 ジャックは残念そうに唸ると空を仰いだ。

 「おい、ジャック。なにやってんだ、こんなところで」

 「ん? あぁ、レイン少佐殿。どうしました?」

 「少佐じゃねぇよ、大佐になった。俺は定期検診だ、最近ガタがな...。んで、お前はなんで患者服なんて着てやがる」

 「ハハハ...まぁ、少し腹に穴が開きまして...」

 「ったく...情けねぇなぁ。フェンリルと恐れられた軍人がその様か。ええ? ジャック・ヴァン・アースボルト大尉」

 そう呼ばれ、ジャックは溜め息混じりに答える。その言葉は苛立ちを含めた鋭い口調になった。

 「面目無い...けど俺はもう軍人じゃ無い。情けないと言われる筋合いは無いと思いますが、どうお思いでしょうか。レイン大佐殿」

 「そうだな、確かにお前はもう軍人では無い。だが、元軍人だ。ならば、元軍人らしく矜持を見せてみろ」

 ジャックの言葉を素直に受け取った為、ジャックは笑いながら話した。

 「あぁ、一応忠告しておきます。近々、この表社会で戦争が起きます。ご準備を」

 「......その忠告、素直に受け取って置こう。お前の事だ、本当に起こる事なんだろう。なぁ、ジャック...もう戻ってきても良いんじゃないか?」

 「いや、まだ戻るつもりはありません。俺なりのけじめですから。筋くらい通させてくださいよ」

 「.....済まなかったな。大事にしろよ、自分の体」

 「わかってますよ」

 そう言って大佐は歩いていった。

 「大事にしろよと言われてもな。昔からだし...」

 (そう言えば、こうやって日の当たる場所で風に吹かれるなんて事も久し振りだな....)

 ジャックは快晴の空をぼんやりしながら眺めていた。すると横から声を掛けられ、意識が戻る。

 「レティシアか、仕事はどうした?」

 「今日は午前中だけだから」

 「そうか...」

 ジャックはそれ以上は何も言えなかった。言ってしまえば何かが変わる様な気がしたからだ。沈黙が続く。ただ静かで、木漏れ日が差し込む清々しい日だ。本来ならどこかに出掛けて食事でも...と言える位には清々しい日だと言える。けれどベンチに腰掛ける二人の雰囲気はそんな感じでは無かった。

 「ねぇ、なんで軍人辞めちゃったの?」

 「.....何でも良いだろ」

 「言ってくれなきゃわからない事だってあるんだよ?」

 レティシアはそう言ってジャックの顔を見る。

 「仮に話したとして、お前に俺は理解出来ない」

 ジャックは冷たく言葉を返す。レティシアが引き下がってくれると信じて。だが、レティシアは引き下がらない。

 「理解出来なきゃ話しちゃ駄目なの?」

 「そうだ。結局は自分の事は自分しか理解出来ない。他人に話すのは時間と労力の無駄だ」

 「哀しいよ。それって」

 「感情論の話じゃない。他人はどこまでいっても...他人だ」

 ジャックは引き下がらずに言葉を続けた。

 「逃げるんだ...」

 「何だって?」

 レティシアの言葉を信じられず、聞き返す。

 「逃げるんだ。そうやってさ! 前もそうだよね、私から逃げて軍人になって...。結果、大怪我して腕も肺も骨も...更に戦友も失って。そんなに失ったのに...失う辛さを知ってもまだ逃げて失うの? 軍人だったなら逃げちゃ駄目だよ」

 「...そこまで知っててなんで辞めた理由を聞く? 更に俺の主治医はお前だろ、カルテ見れば解るだろう」

 「知ってるよ。戦友を目の前で失った事によるPTSD。軍人じゃ珍しくもない心的外傷だけど、ジャックの場合は軽い治療でも治らなかったから....少しカウンセリングでもと思って」

 ジャックは呆れた様に溜め息を吐き、言葉を続けた。

 「なら最初からそう言ってくれ。ここじゃあれだしな。カウンセリングルームみたいな場所はこの病院に無いのか?」

 「あるけど、行くの?」

 「積もる話もあるからな」

 二人はそうして院内にあるカウンセリングルームへと向かった。


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 「案外、広いんだな。もう少し狭いところを想像してたよ」

 「でしょ? ここの病院はこの都市で一番大きい病院だからね。カウンセリングルームも普通の部屋位の大きさはあるんだよ」

 感心した様な顔でジャックは部屋を見渡した。

 「さて、医者として質問。最近、どう?」

 「どう...と言われてもな。普通だとしか言いようが無いな。あぁ...腹に穴なら空いたけど...」

 「それはどうでも良くないけど、今はどうでも良い話だね。夜寝てると魘されるとか悪夢を見るとかさ、銃とか見ると当時の記憶がフラッシュバックするとか」

 「....無ぇよ」

 ジャックは若干苦しそうな顔をして答える。だがレティシアには見えておらず、レティシアは話を続けた。

 「睡眠薬の服用も無いよね?」

 「誰が好き好んで副作用のある薬飲むかってんだ」

 「ねぇ、本当に何もないの?」

 「無ぇよ、心配すんな。俺はそんなに柔じゃ無い」

 ジャックは立ち上がり、少し微笑んでレティシアの肩を軽く叩いた。

 「....止めないけど、後悔しないでね」

 「もう二度と後悔はしねぇよ。心配性なんだよ、レティシアは」

 ジャックはそう言って振り向かずに手を振るとカウンセリングルームから出ていった。


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 その日の夜、ジャックは病院の屋上でソロモンとランディーが携帯端末に送ってきた情報を見ていた。

 「なに見てるの、ジャック?」

 「ッ! ...仕事の依頼だ。レティシアこそ、今日は午前で上がりじゃねぇのか?」

 ジャックは焦りながら携帯端末をポケットへと押し込み、レティシアへと言葉を返す。

 「その筈だったんだけどねぇ...急患で...」

 「そりゃ...難儀だな」

 「けど、やり甲斐はあるから......それで、いつここを出ていくの?」

 レティシアは心配そうな顔でジャックを見る。ジャックはいつもと変わらず笑って返す。

 「ん? さぁな? けど、出来ることなら明日にでもここを出るよ」

 「心配させないでね。人を殺す仕事でも、何でも良い。貴方が無事で居られるのなら...ね」

 レティシアはそう言いつつも手が震えていた。ジャックの事が心配なのだ。自分の知らないところで傷を増やす事が、命を削る事が。

 それを察したジャックは安心させる様にレティシアの頭を撫でた。

 「さっきも言ったが心配すんなよ、レティシア。俺は死なねぇさ....今までも、そしてこれからも。あぁ、出来ることならあまり外出はするなよ。近々、戦争が起こるかもしれないからな、この表社会でよ」

 「それって元軍人としての忠告? それともジャックとしての忠告?」

 「ジャックとしての忠告だ。俺ももしかしたら軍属に戻るかもしれないって事だけ伝えとくよ。レティシア、もう戻れ。冷えるぞ」

 ジャックはそう言って自分の着ていたトレンチコートをレティシアに羽織らせる。

 「....ありがと」

 「おう。んじゃな、仕事頑張れよ」

 

 ジャックはバレないように隠し持っていたマッチで煙草に火を着けた。ベビースモーカーのジャックは満足そうな顔をして、星空を見つめていた。

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