第四話
オリジンの記憶回路を手に入れたジャックは壊れてしまったレコーダーの変わりに、PCを使って記憶映像を閲覧していた。
「...今の所、巻き戻してもう一度」
ジャックがそう言うとPCが映像を巻き戻し、映像を再開させる。
「...今の所、拡大してくれ」
『クロスフォード様。失礼ながら、この記憶映像ではオリジンが何をしていたかを探るのは不可能かと』
「ソロモン...それは分かってる。けど、この記憶映像にもオリジンと接触してた誰かが写ってる筈なんだよ」
部屋に備え付けられたスピーカーから女性の合成音声が響く。ジャックはそれに対し、言葉を返す。
「少しでも良いんだ。...少しでも、手掛かりが有ればお前をゼウスに繋げて最優先で割り込み検索が出来る。全く....軍属時代の名残がここに来て役に立ったな。後は...」
そこで家のインターホンが鳴り、プロジェクターや空間に投射されていた記憶映像再現の人物像ホロプログラム等を消してドアを開ける。
「ジャック。お届け物だ」
「速かったな。もう少し掛かると思ってたぜ」
「いきなり電話で急いで俺のジャケット持ってこいって言ったのお前だろ? お前のジャケットは特別製のワンオフだからバレずに持ち出すのは大変だったんだぜ? 感謝しろっての」
そうして人が生活するには十分な大きさのコンテナが部屋に搬入され、コンテナを開けると人が纏うと予想出来るアーマーがガラスケースに入れられている。
「当時のままか?」
「当時のままだよ。録に整備もされずに倉庫の端にポイだぜ? 軽くメンテしといたが、どうだろうな?」
そう言われ、ジャックはガラスケースを開け、アーマーの前に立つ。
「来な、パンドラ!」
ギギギと金属音が部屋に木霊し、ジャックは肩を落とす。
「自動装着機能まで錆びてるか...まともに動かないな。これじゃあ」
「だと思ったよ。感謝しろよ?」
男がそう言うも、ジャックは意味が解らず怪訝な顔をする。
「意味が解んねぇ...使えないアーマージャケット寄越した癖に何をどう感謝しろってんだ」
「だーかーらー!! メンテ用に予備のパーツも道具も全部持ってきたんだよ!」
男はコンテナの奥からパーツを持ち出し、ジャックに見せつけた。
「そりゃ、有難てぇな。早速メンテするか」
─────────────────────
9時間後。
パンドラと呼ばれたアーマージャケットのメンテナンスが終わり、ジャックはパンドラの前に立つ。
「来な、パンドラ!」
その瞬間。先程まで少しも動きもしなかった鉄屑が、バラバラになりジャックの体を覆っていく。
「アーマーが錆び付いてただけか...システムは全部生きてんだな。当時の戦闘記録がまだ残ってる...最後の最後...までな」
「そうか。まぁ...俺は帰るぜ、長居して怪しまれても嫌だしな。あ、そうだ。弾丸も必要な分だけ持ってきといた。....たまにで良い。たまにで良いから顔出しに帰ってこいよ? 皆が会いたがってたぜ?」
男は微笑む様に笑ってジャックの家から出ていった。
「ソロモン?」
『なんでしょう?クロスフォード様』
ジャックは残されたメンテナンス用のパーツや弾丸等を奥の部屋へ運んでいる最中に、ジャックはソロモンへ声を掛ける。
「このパンドラに接続して機体の解析とセーフティー外しといてくれ。やれるか?」
『可能です。ですが、多少の時間は掛かります』
「構わねぇ、ちゃっちゃと始めてくれ。俺は少し外に出てくるからよ、その間にやっといてくれ」
『了解しました』
ジャックがそう言うとパンドラがパージされ、普段のスーツに戻る。トレンチコートを羽織り、外へと出ていった。
─────────────────────
ジャックはトンネルの中を普段のバイクではなく、車で走っていた。
(なんだろう...まだ終ってねぇような気がする。オリジンを倒して終わりなのか...? 生き残りのアンドロイド全員を殺して終わるのか...? 会社だと自立稼働モデルが実用段階にあった...)
そこでジャックの車のフロントガラスのディスプレイにエイデンロボティクス社の広告が流れた。
『我が社が開発した新型アンドロイド。自立稼働モデル、NSR-5。このアンドロイドが世界を変える』
ジャックはそれを見た瞬間に冷や汗が頬を伝う。
「クソッ! そう言う事かッ! 俺が追ってたのはこのNSR-5とかってアンドロイドの試作型...オリジンを殺しても生き残りのアイツらでもオリジンに成り変わる事が出来るって訳か...! やられた...そりゃ終わらないと思う訳だぜ」
そこで自分の前を走るエイデンロボティクス社のコンテナトラックのコンテナが開くと中から新型アンドロイドが飛び出し、ジャックの車に飛び移った。
「ジャック・クロスフォード確認。排除します」
「クソッ! 邪魔臭ぇ! 退けよ!」
同じ言葉を繰り返し、飛び移ってくるアンドロイドは車の窓を割り、ジャックを引き摺り出そうとする。
「チッ!」
ジャックは車をソロモンによるリモート操作に切り替え、リボルバーでアンドロイドを一体づつ撃ち殺していく。
「全く...苦労が絶えねぇぜ!」
ブレーキを掛けて停まろうとしても、後ろからも同じコンテナトラックが迫ってきていて停まれない。
(挟み撃ちかよ...。横は...無理そうだな)
後ろのコンテナトラックからもアンドロイドが飛び移って来て、ジャックの車は既にアンドロイドの塊にしか見えない。
「ソロモン! リモートドライブをオフにしろ。俺にハンドル寄越せ」
『了解しました。リモートドライブをオフにします』
そしてハンドルがせり出し、ジャックは握り締める。
「さぁ、アンドロイドの野郎共! この先、酷く揺れるぜ? しっかり捕まってねぇと振り落とさせるぞ!」
ジャックはブーストを使って加速し、何とかして二台のコンテナトラックの前に出る。その際に壁に何体かのアンドロイドがぶつかり、擦り潰れた。
「今更だがこの車、ガソリン車だから高ぇんだぞ!! クソが!」
サイドブレーキを使って減速し、コンテナトラックのタイヤにアンドロイドをぶつけ、先程の壁と同じ様に磨り潰す。再度加速し、コンテナトラックのタイヤ近くから5メートル程離れ、再びアンドロイドを一体づつ殺していく。
「ザマァ見やがれ! クソアンドロイド共!」
ジャックは車で360度スピンをする。その途中に窓からハンドガンを発砲し、コンテナトラックのタイヤを2つ破裂させる。その時点で、コンテナトラック二台はぶつかり事故が起きた。
「クッ...内臓にクるな...こりゃ!」
360度スピンの状態でジャックは更に加速する。スピンが加速した事により、車体にしがみついていたアンドロイド達は振り落とされ、道路に叩きつけられていく。
「...ッ! やべぇ!」
拡張工事で行き止まりの道路に気付き、ジャックは車から飛び降りた。
「痛って...あ~あ...新しくしたばっかなのに...しゃーないな。クリーニング出そう」
ジャックは飛び降りた時の怪我で頭を切り、血を流す。流れた血がトレンチコートを赤く染める。
「これが正体なのか...? アンドロイドは人を襲う。これが答えなのか?」
そこで廃車と化した自分の車から音がして、振り返る。
「電気自動車が主流の世の中でガソリン車って値が張るのに...廃車確定じゃねぇか」
ジャックはそう言いながらもリボルバーをリロードして車へ近付いていく。
「まだ一体残ってんだろ? 出てこいよ」
「ジャック・クロスフォード確認。排除します」
「それしか言えねぇのか、ポンコツ野郎! 人のお気に入りの車を廃車にしやがって....!」
ジャックは近付いてくるアンドロイドの眉間に一発の弾丸を放つと、アンドロイドは糸が切れたように倒れた。
「しかし...どうやって帰ろうか...車は廃車だしなぁ...ん?」
ジャックが悩んでいると、サイレンが聞こえてくる。
「あ、警官じゃねぇか。丁度良いや、送って貰うとするか」
「そこの男! 武器を捨てて手を挙げろ! お前には逃げ道は無いぞ!!」
パトカーから降りた警官にそう言われ、ジャックは怪訝な顔をする。
「お、おいおい。俺は被害者だぜ? 車だって見てみろよ! 俺の車が廃車じゃねぇか! どう見たって被害者だろうが! それがどうやったら捕獲対象になんだよ! それにここに来るまでにコンテナトラックとアンドロイドの残骸があった筈だ。それがどうして!」
ジャックの抗議に警官達は「何を言っているんだ?」と言いたげな顔をしていた。
「まさか...全部処理されてたってのか?」
「あぁ、コンテナトラックやアンドロイドの残骸なんて無かったぞ。いいから! 手を挙げろ!」
ジャックは半ば諦め手を挙げると拘束車へと連行される。
「あんた、名前は?」
「ジャック...ジャック・クロスフォードだ」
警官は名前を聞くなり、納得したような顔をした。
「お前がジャックか。なるほど、聞いていた話に違わない人だな」
「だからなんだよ。俺はお前の事なんて知らねぇぞ。ボケるにゃまだ早ぇだろうが」
「うっせぇ。俺の兄貴がな、あんたが軍人だった頃の上官で、素晴らしい軍人だったと言っていてな。気になっていたんだ」
ジャックはその話を聞いて、一瞬だけ目を見開いた。
「...! ...俺に上官は沢山いた訳じゃねぇからな、人は限られる。今、どうしてるんだ?」
「兄貴は今、訓練生の教官をしているみたいです。貴方の様な軍人は未だに居ないみたいですよ」
「そりゃ、嬉しいな...。けど、それが悲しくもある」
ジャックは若干悲しそうな顔をして、手を擦る。
「兄貴から聞きました。貴方が軍人を辞めた理由...」
「......」
ジャックは黙ったままだ。
「ある戦争の最中に戦友を喪った事によるPTSDの発症が主な理由だと....」
「まぁ...そうだな。俺はPTSDになって戦場に行くことが出来なくなった。本来なら銃を握る事すら不可能と診断されたよ」
ジャックは思い出すように話をしだした。
「けど、今こうやって銃握って居られる。なら、それで良いと思ってる。人ってのはさ、弱いから...弱いから強くなる術を知ってる。俺は強い人では無かったから、弱いなりに強くなろうとしたんだよ。俺は...二度と喪わない為に銃を握る。例え、自分の『正義』が間違った『正義』で、周りからは『悪』だと言われようと、俺は銃を握り続ける」
拘束車が目的地に着いたのか、動きが停まった。
「おい、降りろ。着いたぞ」
「どうも、あんがとさん。街の治安維持、頑張れよ」
ジャックはいつものようなにやけ面で、警官にそう言った。
「ジャ、ジャック!!」
「ん? どうした?」
「あんたは自分の事を弱いって言ったけど俺はそうは思わない! あんたの話を聞いてそう思った。その考え方は強い人がする考え方だ! だからあんたは弱くない!」
警官からの言葉にジャックは少し笑った。
「あんがとな。少しだけ、安心した」
「そりゃ、警官は市民の味方ですから!」
警官はそのまま拘束車に乗って行った。
「...弱くない....か...。まぁ、そうだろうな」
ジャックはそうして、裏社会へと戻っていった。
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