三
食事後、少し休んでから山道を上りはじめた。
千数百メートルの高さのこの山は、多くの観光客で賑わっているせいか、目の前に蟻の行列みたいものが続いている。それにしても長い列だ。今のところ人と人の間は詰まっているわけでもないし、二人以上が通れる程度の幅の道で実質登り専用の一方通行になっているのもあって、窮屈な感じはしなかったけど、ただただ目の前に長く人と人の連なりが伸びているのがわかる。
人って、こんなにいっぱいいるんだ。そんなどうでもいい感慨に浸りつつ、一歩一歩剥き出しになった土とか細かい岩を踏みしめていく。だらだらと家族四人の最後尾にいるものの、段々と息が切れていくのがわかった。やっぱり運動不足なんだなと実感する。
前を見れば、先頭にいる父親は元気そうにぐいぐいと進んでいるし、少し距離を空けて後ろについている母と弟も仲良さげに談笑するくらいの余裕はあるらしい。三人の体力がちょっとだけ恨めしかったけど、だいたいは私の日頃の行いのせいなのでやつ当たるのも間違っていた。それでも、ちょっとだけむかつくけど。
不意に父が足を止める。何事かと思い首を捻っていると、後ろに背負っていた大きめな赤いリュックから、黄色い布カバーに包まれたペットボトルを取りだして蓋を開けた。そのあと、まず自ら一口含んだかと思うと、続いてやってきた母親に渡す。母親が一口飲んだあと隣にいる弟に渡され、当然弟もまた一口、こころなしか多めに飲んだ。ようやく、そこで私が家族に追いつく。
「はい、どうぞ」
頬から薄っすらと汗を滴らせつつ、司郎がペットボトルを手渡してきた。バケツリレーみたいだなんて思いながら、ありがと、と告げてペットボトルの口の辺りを少しの間見つめてから、ぐいっと一口飲み下す。中身私がよく飲んでいるスポーツドリンクで、大袈裟だけど生き返る感じがした。調子に乗って半分くらい飲んでしまいそうだったけど、やめておくことにした。
「もうちょっといいよ、だって」
弟の言葉を少し前にいるお父さんとお母さんが頷いてみせる。とてもありがたい申し出ではあったけど、私は首を横に振った。
「まだまだ先は長そうだし、後に飲むようにとって置いた方がいいでしょ」
そう告げて、ペットボトルを返す。私の言葉に弟はなぜだか楽しげな笑みを浮かべた。なにがおかしいんだろうか。気がかりというほどではないけど不思議に思ったあと、どうでもいいかと割り切って、行くよ、と道の先を指差す。既にお父さんがなだらかな坂道を登りはじめていて、お母さんも伸びをして歩きだそうとしているのが見えた。
「もうちょっと休まなくてもいいの」
弟の口から放たれた気遣いの言葉。本当はもう少しだけじっとしていたかったけど、いいよ、と強がって歩を進める。頭の後ろになんだか生温かい視線が注がれているような気がしたけど無視した。
ついてくる足音のリズムは、最初は私よりも少し速かったけど、すぐに同じくらいの速度になった。余計なことを、と思いつつも、ちょっとだけペースをあげる。やっぱり息が上がりそうだった。
「なんで、山なんか登るんだろ」
遠くにあるお母さんの背中を見つめながら、そんなことをなんとなく口にすると、そこに山があるから、って誰かが言ってたらしいよ、と名前も知らない先人の言葉を後ろにいる弟が引用する。
どことなくうんざりとして、意味がわからない、と言ってしまいたかったけど、割と身に覚えのある感情だったせいで、なんとなく理解できてしまう理由だった。
「たぶん、小説みたいなもんじゃない」
蛇足じみた一言。どうやら、司郎はそういう理屈で小説を書いているらしい。じゃあ、私はどうなんだろう。あまり考えたことがなかったから、首を捻ってしまう。
「わけわかんない」
今度こそ素直な感想として口にしたあと、目の前を見る。傾斜は段々と険しくなりつつあり、足元の岩盤もこころなしかごつごつしてきた。先は長そうだな息を大きく吐きだした。
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