第5話

二人がルビーの家にお世話になってから早くも7日が経とうとしていた。

窓から入ってきた伝書鳩に慣れたように手紙を括り付けて見送ると、カミルはさて、と手元の手紙に目線を落とした。

馴染みのあるその癖字を撫でて二度、三度と念入りに読み返す。やがて満足したのか、それを丸めて暖炉に投げ入れた。火の爆ぜる音が大きくなり、手紙は跡形もなく消え去った。


彼が階下へ行く頃には既に家の住人たちは皆食卓についていた。おはようございます、とにこやかに挨拶をして自身の席へ座る。


「遅かったね、先に食べてたよ」


「すみません、荷物を整理していたもので。

明日には此処を発とうと思っています」


それはまた急だね、とルビーは目を瞬かせた。当の本人のメルは他人事のように朝ご飯を食べ進めている。彼女の皿にあるサラミをニックがひょいとつまみ上げると、メルは抗議するようにそれを追いかける。遂には食卓の周りを走り出す二人に、あ、こらやめなさい!とルビーが叱った。

そんな微笑ましい光景にカミルは笑みを漏らす。そろそろ止めに入ったほうがいいだろうか、と席を立とうとした。

ニックが母親の座る椅子に勢いよくぶつかったのは、まさにその時であった。


スローモーションのように流れる目の前の光景。ゆっくりと倒れる椅子。はたして投げ出される身重の彼女。口を開きかけて駆け寄ろうとするメル。何が起こったかまだ理解できていないニック。そして、カミルは。ルビーの横でその体に手を伸ばした。


ドサリ、と倒れる音が響き、時間が元の速さで動き始めた。伸ばした手が到達したのはその直後であった。


「ルビーさん!!」


カミルに抱き上げられるも、呻きをあげる彼女は大きなお腹をその細い腕で庇うように抱きしめた。その顔はただ倒れたことだけではない苦痛を食いしばっていた。


「やばっ、出ちゃう……。生まれ、そう」


ようやく自分のした事を理解したニックが顔を青ざめさせて近寄ってくる。ごめんなさい、お母さんと繰り返す彼にカミルは切羽詰まったように叫ぶ。


「医者を呼んで、早く!赤ちゃんが産まれそうだって!!メルは布団を持ってきて、ルビーさんを横にさせるから!」


ニックははっとして玄関にかけていく。メルが敷いた布団の上に、カミルはルビーを横たえた。てきぱきとルビーの看病をする。その間、メルはルビーの手をぎゅっと握っていた。



医者とともに村の女性達がわらわらと集まってきて、カミルとメルは家からひょいとつまみ出された。曰く、「ここは慣れている人に任せな」と。

家の裏の牧場に二人は座り込んだ。顔を曇らせて指を組んだカミルに、メルが話しかけた。


「カミル、慣れてるみたいだった」


「……ああ、弟達の時にね、少し手伝ったんだ」


言葉少ななカミルにかける言葉を迷う。口を開いたり閉じたりして、やがて意を決して問いかけた。


「ルビー、死んじゃうの」


「……わからない。でも、きっと医師やおば様達がなんとかしてくれるから、」


大丈夫、という割にはその顔は引きつっていた。

メルは美味しいプリンを作ってくれるルビーが好きだった。メル姉ちゃん、と慕ってくるニックのことも嫌いじゃなかった。だから二人の産まれてくるであろう家族のことも大切に思っていた。


——二人とも無事でありますように


そう願い、口を開いた。

紡ぎ出される歌は優しく、繊細で。聴いたものの心を穏やかにさせじんわりと温めた。

やがて草木が、風が、小鳥が呼応し村中に響き渡った。きらきらと銀の髪が風と踊り、光が降り注ぐ。

隣にいたカミルも目を細めて歌に聴き入った。その時ばかりは不思議と村中の諍いがパタリと絶えたのだという。




日が沈む頃にようやく二人はルビーにまみえることができた。産まれたのは女の子で、元気に泣いていた。母の腕で穏やかに抱かれるその小さないきものを、メルはじっと覗き込んでいた。その胸には一体どんな思いがあったのだろう。カミルにはメルの瞳に慈しみの色が見えたように思えた。

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