第4話

青い空、白い雲、それに、一面に広がる緑。長閑な草原では牛や羊と一人の少女が戯れているのを辺りの大きな風車が優しく見守っている。

近くの牛舎から草原色の頭がひょこっと顔を覗かせた。


「メルー!そろそろ帰るよー!ルビーさんがプリン作ってくれたって!」


いつもなら大好物の名前を聞けば目を輝かせてとんでくる少女が、どういうわけか今日はほとんど反応を見せなかった。

それどころか、羊の毛の中に突っ込んでいた頭を怠そうに上げた。その目はどこか虚ろであった。


「どうしたのメル姉ちゃん、具合悪くなっちゃった?」


心配そうに駆けてきたのはカミルと牛舎から出てきた少年だ。まだ年齢が二桁に到達したばかりの彼は、かわいらしい茶色の瞳を心配の色で曇らせている。走ってきたからであろうか、燃えるような赤い髪がぴょこりとハネていた。

メルは静かに首を振り、少年の背中をカミルのいる方へとん、と押した。


「プリン、食べよ」


そう言って、彼女は何かを振り切るようにまた大きく頭を振った。




「ただいま、母さん!」


「おかえり、ニック。それに、カミルとメルも」


少年は玄関のドアを勢いよく開けて、プリン、プリン♪と口ずさみ家の奥へと消えて行く。その後をカミルとメルが続いた。

リビングへ入るとエプロンをつけた活発そうな美人が三人を出迎えた。ニックと同じ赤い髪を一つにまとめていて、気の強そうな猫のような瞳は紫紺色に輝いている。もう臨月に差し掛かっているのか、身重の体を椅子に預けて愛おしそうに腹を撫でていた。


「ただいま戻りました、ルビーさん」


カミルはにこやかに挨拶を済ませて、メルとともに席についた。ニックは一足先に椅子に座ってプリンをつついていた。

ぷるぷるとして黄金色に輝くその上には、とろりとしたカラメルが乗っている。一口すくうとリボンが解けるように濃厚な味わいが広がった。


「ルビーさんの作るプリンは格別ですね」


ほっぺが蕩けそうだと言わんばかりに左手を頬に添えて、カミルはルビーに笑いかけた。

褒めたってなにも出ないわよ、と彼女はにやりと笑い返した。

メルの黙々とスプーンを進めるスピードが少しだけ遅いのを気づいていたルビーだったが、カミルのお茶目な言動に思うところがあったのかなにも言わなかった。その事にカミルは心の中で彼女に感謝した。




その夜、カミルは連れの少女の部屋を訪れた。少女は窓際で椅子に座ってぼんやりと星を眺めているようだった。静かにその隣に腰を下ろすと、少女はぽつりと零した。


「声が、聞こえるの」


「声?」


「助けて、痛い、死にたくないって。ずっと。

ここに来てからは、少しだけ小さくなったけど。王都に近づくにつれて、増えてきてるの」


目を伏せて彼に打ち明けるその横顔は悲痛に溢れていて、声をかけるのを一瞬躊躇ってしまうほどだった。


「それは、戦争の?」


「そう、かも。でも、違うのもあった。前の村で聞いたのと同じような声」


10日ほど前に出発した、この村の手前にあった村では鹿の密猟が起こっていた。鹿の頭が高く売れるのだという。心を痛めていた村の青年と協力をして密猟者を捕まえたのは記憶に新しい。メルはその時も辛そうにしていた。


「まだ密猟者がいるのか…いや、それだけだとは限らないな。この先の町では工場や家を建てるために木々がたくさん切られているらしいから」


悲しいことだよ、とカミルは息を吐く。そのせいで動物たちは住処を失いつつあるのに。


「やはり早くこの国を変えなくてはいけないな」


この世界は人間だけのものではないのだから。

見上げた視線の先で星が瞬いたような気がした。

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