第2話
猪に限らず、獣の皮を剥ぐのは重労働だ。
肉から切り離したとしてもこびり付いた脂肪がまだ削ぎ落とされるのを待っている。
腹が膨れた一行は、猪の皮をなめすためにせっせと皮脂を削ぎ落としていた。
皮自体は食事の用意をするために肉を捌いた際にジエンが剥ぎ取っていた。それを革として使うために処理しようとしたところ、カミルが手伝いたいと申し出たのだ。
「少しでもジエンさんのお役に立ちたいです」
とはカミルの談である。
とはいえ、素人がそう簡単に作業を進められるはずもなく。実際にはジエンに丁寧に教えられながらの作業となった。ちなみにメルはそれを眺めているだけだ。
「む、難しい…」
「初めてにしちゃよくやってるよ、おまえさんは。ちょっと貸してみろ」
余分なものを削ぎ落とし終えたはずの、板に打ち付けられたそれを見てカミルは肩を落とした。
ジエンは慰めるように彼の手を叩いて、カミルの作品の手直しを始めた。
あっという間に均等に削ぎ落とされていく脂肪にカミルの肩がより下がったのは言うまでもないだろう。
「カミル、下手くそ」
さらにメルが追い打ちをかけたことも追記しておく。どんよりと落ち込み気味のカミルにジエンはただ肩をすくめた。
皮の油分をぬぐい、削ぎ落とした脂肪を集めて樽に入れた後、ジエンは棚からひと抱えもある壺をとりだして中の液体を皮の片面に塗り始めた。カミルもその真似をする。
「これは何ですか?」
「なめし剤だ。そこらに生えてる植物からとれる」
ちらりとカミルを見て黙々と作業を進めるジエン。塗り終えると皮を窓際に置いた。
乾かしておく必要があるらしい。
一通りの作業を終えると、カミルはぐったりとしていた。腕が上がらないほどだるかった。そんな彼をメルはぼーっと見つめていた。
「おまえらを襲おうとはしたが、こいつも一つの命だ。その命をいただく以上、何一つ無駄にしちゃいけねえ。肉や内臓は貴重な食料になるし、毛皮は暖をとるために鞣す。頭は綺麗に処理すりゃ物好きな金持ちに売って必要品を買う金になる。骨だって削れば道具になるんだ」
「なんで貴方は農村や街に行かずにここで暮らしているの?人間は自然を敬遠して都市に住みたがるものなのでしょう?」
ぽつりと少女の口から溢れた疑問に、暖炉の前で猟銃の手入れをしていたジエンは動きを止めた。
そりゃあ…と言いかけて少しの間考え込むように押し黙った。
「そりゃあ、都市のが便利だろうよ。だがな、俺ぁ今の生活も嫌いじゃねえ。森と生きるってのは穏やかな気分になるもんだ。都市はうるさくてたまらん。それに、向こうに行きゃくだらねえ戦争に巻き込まれちまうからな」
「くだらない?」
「ああそうさ。お偉いさん方が何を思っておっぱじめたのかは知らねえが、その犠牲になるのは俺たち一般の国民だ。それだけじゃねえ、森や動物だって犠牲になってんだ。いったいそれ以上に大切なものってなんだってんだ?」
ぶっきらぼうに吐き捨てたジエンは、小さくため息をつき呟いた。
「俺はこの森が好きだ。ここは人間の私利私欲のために踏み荒らしていい場所じゃねえんだよ」
メルはいかめしいみてくれの男の横顔をじっと見つめた。その銀の瞳はなにか見定めるようにきらりと光っていた。
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