第一幕 THE GOD'S ADVENT《011》

「よし!」


 パン、と手を打った総介に、ロキは目をしばたたかせた。危ない、神ともあろうものが、今何か青くさい空気に流されかけていなかったか。


「ロキも入ってくれたし、真尋も前向きになってきたことだし? 早速ミニ公演でもやろっか!」

「待て待て、ちょっと待て。急ぎすぎだって。ミニ公演?」


 誰よりも先に章がツッコんだ。

 その通り! と総介は元気よくうなずく。


「いきなり大舞台! ってのはヒロくんにもロキたんにもハードル高いでしょ? っていうか、現実的に集客キビシーし。だから、小さいとこからコツコツいかないと。ね、ヒロくん」

「それは、そうだけど……」

「おやぁ? 今、がんばるって言ったっしょ?」

「……うん」


 真尋は目を見開き、口を結んでうなずいた。覚悟を決めたようだ。


「じゃあやろう! ちょっと遅くなったけど、新歓のミニ公演!」

「シンカン?」


 また分からない言葉だ。ロキは衣月を見る。衣月なら、なんでも丁寧に教えてくれることがだんだん分かってきた。


「新入生歓迎会の略だよ。毎年各部が、新入生を呼び込むために、発表会や模擬試合なんかをやるんだ。でも、うちは真尋のこともあったし、まだやってない」

「シンカンやって人数増やすのか?」


 いいや、と笑うように否定したのは総介だ。


「うちはこのメンバーがベストっしょ。今回は観てもらって、楽しんでもらって、今後の集客につなげるって目的。観客が居なきゃ、芝居は完成しないんだからさ」


 総介は、先ほどまでよりも明らかに浮かれていた。眼鏡の奥がきらりと光る。


「いつがいいかな〜どこでやる? あ、部室? 部室でいっか! ああっと、アキ、台本ほんも2人芝居用にアレンジ変えないとだよ」

「分かってる。5日はかかるぞ」

「3日で!」

「鬼か!」

「でもって部長、ロキたんの衣装も作れます? 美形に似合うカッコいいやつ!」

「もちろん。腕が鳴るよ」

「りっちゃんは曲ばっちりだよね、知ってる~!」

「……役者が増えるなら、その分、新しく作ります」

「さすが! んでもって演出も変えないとね、配役はロキが北風、真尋が太陽でいい? いいよね! じゃあ、そういうことで、みんなよろしくお願いしまーっす!」

「なんだ、あいつ……」


 怒濤の勢いにロキは唖然としてしまった。くすくすと衣月が笑っている。


「演出としては、浮かれても仕方ないよ。演劇部を作って初めて、公演の目処が立ったんだから」

「そんなもんか?」


 衣月からも、総介ほどではないものの、喜びの気配を感じた。章も律も、総介の指示を受けてどこかそわそわしているように見える。ロキには彼らの嬉しさは理解できないが、これが自分が起こした変化だということに、悪い気はしなかった。


「ロキ」


 真尋が呼んだ。その手には、少しくたびれた紙の束が握られている。


「台本。東堂が直してくれるけど、基本的なストーリーの流れは変わらないと思うから、一応これで練習しない?」


 差し出されたので受け取れば、端で留められただけの紙束に、びっしりと文字が書いてある。これを読むのは、いかにも面倒くさい。


「こんなもんなくても、北風くらいやれ……」

「さっきの風じゃ、北風の芝居とは言えないからね?」


 すかさず真尋が言った。ロキはぐっと詰まる。先ほど真尋が演じた太陽が、脳裏に浮かんだ。

 あの真尋みたいに、翼を出すことなく、風を巻き起こすことなく、本当に風が吹いているような演技ができるかって? 

 分からない。でも、やると言ってしまった手前、できないなんて口が裂けても言いたくはない。


「……っ、分かったよ、やればいいんだろ!」


 ロキは台本に目を落とす。


「ごめん。稽古に入る前に、サイズを測らせてくれる? 見たところ、ウエスト58、肩幅36ってとこだけど、詳しく調べておきたいから」


 衣月はどこからともなく、細いリボンのような物を取り出してシュッと水平にのばした。


「なんだ、それ」


 武器か? 首でも絞めるのか?


「採寸用のテープメジャーだよ。すぐ終わるから、じっとしてて」


 採寸くらいならなんでもないのだが、なぜだろう。爽やかな笑顔の裏に熱意を感じる。衣月はさらっと、ロキが着ている制服のブレザーを脱がして、熱心に採寸を始めた。ロキは衣月にされるがまま、なんとなく不安で真尋を見る。


「大丈夫だよ。これも芝居のためだから」

「シバイ、シバイって」


 そればっかりだ。

 けれど、鼻歌まじりにサイズを測る衣月も、楽しげに打ち合わせを始めた総介と章も、集中してノートパソコンに向かっている律も、同じように“シバイ”の熱に当てられているように見える。


(ちぇ。ヘンな奴らめ)


 ロキはむすりと口を曲げたのだった。




   *   *   *




 ざわめく休み時間中の教室で、総介は音楽を聴きながらノートを開き、上機嫌にシャープペンでリズムを取っていた。聴いている音楽は何を隠そう、中都演劇部の音響担当、最年少の天才作曲家である北兎律の作った曲だ。今回の「北風と太陽」で使う予定の曲ではないが、ポップな曲調で、ただでさえミニ公演が決まってからアガっている気分がさらにアガる。


 表情が乏しく人前に出ることを嫌う律だが、本当は感情豊かで表現したいことがたくさんあるのだと、律の作った音楽を聴いていると分かる。「北風と太陽」に使う音楽も、きっと期待以上の物を作ってくれることだろう。


 衣月もそうだ。ロキの演じる北風の衣装は、あの5日後にはもう形になっていた。華やかなロキのオーラにインスピレーションを刺激されているようで、今回使う予定のないデザインまで、クロッキー帳に描き溜めているのを知っている。


 総介は机に広げた演出ノートに、出ハケの位置をああしよう、ここの間合いはこうしたらどうだろうと書き込んでいく。実際使えるかはやってみないと分からないが、ロキが来る以前より遙かにたくさんのアイデアが浮かんできていた。やっぱり、2人芝居を狙ったのは正解だ。


 一言で演出と言っても、上演内容や役者によって立ち位置は様々だ。ここ中都演劇部での総介は、演技、脚本、衣装、音響、照明まで、すべてを総合してプロデュースするのが役目である。ここで成功すれば、もう真尋を“舞台に立てない役者”、なんて呼ばせない。叶真尋の最大の魅力を引き出せるのは自分だと、総介は信じていた。あの日からずっと。


「……っ?」


 突然、イヤホンが片方スポンと抜けた。もちろん、引っ張った人間がいるからだ。


「アキか。どした?」


 もう片方も外しながら聞けば、章は空いていた前の席に座って台本を広げる。


「ここの北風の台詞なんだけど、少し変えたほうがいいかと思って」

「どれ」


 章の台本を覗き込めば、新しく印刷し直したらどうだと思うほどびっしりと書き込みがなされていた。ロキと真尋の持つ雰囲気や稽古での芝居、総介の注文、他の部員の感想などに応じて、台本に細かい変更を加えているからこうなる。妥協はしたくないという章は、総介のオーダー通りの期日で台本を上げてからも、連日寮の部屋で遅くまで台本にアレンジを加えている。これまでで一番大変だと言いながら、一番楽しそうにしていることを総介は知っていた。


 章は決して目立つタイプではないし、学力も平均値、運動はからっきし。けれど、こと台本ほんを書くことに関してだけは違う。もっといい表現はないか、もっといい物語になるのではないかと、どん欲に求め続ける粘り強さは、真似しようと思ってもできない章の強みだ。だからこそ、章の書く台本ほんを信頼している。2人で芝居の道を行くと決めた、中学の時からずっとだ。


「それで――」


 と、章の相談に乗っているときだった。廊下で、わあっと歓声が上がる。総介は章と顔を見合わせた。


「……またアイツか?」

「だろうねえ」


 思わず苦笑する。ロキが来てから、その名前を聞かなかった日はない。


「おーい、演劇部。おまえんとこの新入りが、またなんかやってんぞー!」


 ご親切にも教えてくれたクラスメイトに片手を上げて、廊下を覗き込んでみる。すると、体育の続きのつもりだろうか、ロキが身軽にバク転やバク宙を繰り返し、サーカスさながらに観客を湧かせているところだった。知らない者には分からない程度に、神様の力を使っているのだろう。その動きはあまりに美しく、時に少女か妖精のようにも見え、現実味がないほどに完璧だ。一通りやって見せると、髪をかき上げてふふんと笑う。自然、拍手が湧いた。


「すげーな、神之!」

「演劇部とかもったいないだろ!」


 無責任な群衆の感想に、章はやれやれと溜息をついた。


「なんか、日に日に変な評判が立ってない?」

「変でも評判は評判でしょ。ポスター以上の宣伝効果だよ、あれ」


 実際、演劇部など存在すら知らなかったような奴らが、どこからか聞きつけて公演の予定を聞いてくるくらいだ。チラシは作っている途中だが、歩く広告塔であるロキ様の首に公演日を書いたプラカードを下げて歩かせたいくらいだった。


「なあ。叶、大丈夫かな」

「同じクラスだし、同じ部屋だしね~。ま、ヒロくんはこういうのけっこー楽しんじゃうタイプだから、大丈夫でしょ」

「いや、そうじゃなくてさ」


「うん。……分かってるけどね」


 廊下の賑わいを見守りながら、総介はゆっくりと腕を組んだ。

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