第一幕 THE GOD'S ADVENT《008》

 演劇部の“ブシツ”とやらは、大きな家具は何もないのに、細かい物で雑然としていた。

 教室とは違い、中央は大きく開けている。前方には黒板にも似た白い板。ほかは、一抱えほどある長方形の木箱――聞けば「ハコウマ」と言うらしい――や、色のついた大きな紙束など、シバイのためと思われる道具がいくつか寄せられている。部屋の後方には机と椅子が集められていたが、その上には工具類や、何が入っているのか分からない箱、でかい腕輪のようないくつかの輪っか――こちらは「ガムテープ」だそうだ――も無造作に置かれていた。また壁際には、服を着た胴体だけの人形のようなものもある。さらに、全身が映るほど大きな縦長の鏡も。


(ここが“ブシツ”、ねぇ)


 ロキには未知の場所だ。少々ガタつく椅子に座り、ロキは脚と腕を組んで5人を改めて見やる。イタズラっぽい笑みを浮かべた総介、まだ多少不安さが滲んでいる章、我関せずといった雰囲気の律、ごく自然体で椅子に腰掛けている真尋と、昨日の公園と同様に意思の統一はされていないらしい。

 すると、にこにこと余裕そうな表情を浮かべている衣月がまず口を開いた。


「じゃあ、みんな揃ったことだし、改めて紹介させてもらうね。僕は3年の南條衣月。演劇部の部長で、衣装担当だ。よろしくね」

「ブチョー?」

「部のリーダーみたいなものかな」

「偉いってことか?」

「ううん。他の部活ではそういうこともあるだろうけど、うちでは特に偉いとかじゃない。先生との連絡係みたいなものだから、気軽にとらえてくれると嬉しいな」


 ふうん、とロキはうなずいた。わかったような、わからないような説明だが、その朗らかな態度と説明から、衣月が柔和な人間だということは覚えた。


「はーい、じゃあ、次オレね。2年の西野総介。演出やってまーす! で、こっちのむすっとしてるのが、アキこと東堂章! うちの脚本担当でーす」

「べ、別にむすっとなんかしてないって」

「だーよねー。ロキたんが急に現れて、ビビってまーす」

「ビビってもないから!」

「またまたー♪ 幼なじみの目は誤魔化せないぞ?」


 賑やかな総介と、地味助は幼なじみらしい。

 次にロキは、衣月の隣で妙な耳あてをつけ、ノートパソコンに向かって黙りこくっている律を見た。目を合わせようとしないどころか、自己紹介する気もないらしい。代わりに紹介したのは衣月だった。


「彼は、北兎律。1年生だよ。曲を作るのが得意で、音響を任せてる。ね、律」

「……」


 衣月に促されて、律はようやく耳あてをずらし、ロキを見た。敵意とまではいかないが、歓迎していないことは伝わってくる。


「よろしく」


 それだけ言うと、またパソコンに向き直る。ロキと同じくらい小柄で女顔のくせに、気が強そうで生意気な奴だ。

 ちょっと懲らしめてやろうかと思った矢先、衣月が続ける。


「それで、こっちが叶真尋。うちの看板役者だ」

「改めて、よろしくね、ロキ」


 真尋はふわりと笑う。

 その後、エンシュツだのキャクホンだのといった言葉について簡単に説明を受ける。それが終わると、ロキは怪訝に眉根を寄せた。


「で? これで全員か?」

「そうだよ。どうして?」

「お前ら、シバイをやるために集まってるんだろ。イツキが衣装、ソースケが演出、アキラが脚本、リツが音響。なら役者は? マヒロの他に。俺が知ってる人間のシバイは、どれも何人か役者が出てたぞ」


 いいところに気づいてくれました、と総介が手を打った。


「そう。これが、うちの演劇部なんだよね」

「どういう意味だよ?」

「他に役者はいない。うちの演劇は、ヒロくんの1人芝居が前提だから」

「1人シバイ……?」

「役者が1人で成り立つ芝居」


 まあ、そういうシバイもあるのだろう。だが、ロキはますます怪訝に思った。


「でも、こいつ、舞台に立てないんだろ?」


 昨日、本人がそう言っていた。すると総介は妙にわざとらしく、やれやれと首を振った。


「ロキたん。好きな食べ物ってある?」

「なんだよ、急に?」

「答えて答えて」

「甘いリンゴ」


 ぱっと浮かんだものをそのまま答える。アースガルズではしょっちゅう、イズンのリンゴを齧っていたのだ。

 言えば、総介は深刻そうに声を低くした。


「じゃあ、この世から急にリンゴがなくなったと思って。ロキたんの好物……代用品でいいの? リンゴがないからって、ブドウで満足?」

「んなわけないだろ。リンゴはリンゴだ!」

「だよね。オレたちにとって、ヒロくんはそういう存在。大事な“リンゴ”なんだよ」

「リンゴ?」


 思わず真尋を振り向くと、なんとも言えない表情をしている。総介は大真面目に続けた。


「そう。オレたちは、芝居だったらなんでもいいわけじゃない。アキの脚本も、ツッキーの衣装も、りっちゃんの音も、もちろんオレの演出も、全部、ヒロくんを……叶真尋というたった1人の役者を舞台で輝かせるためのものなんだ」


 総介に熱弁されても、まだよく分からない。衣月が静かに口を開いた。


「そう。僕たち4人は、みんな真尋の芝居が大好きなんだよ。今は事情があって舞台に立てないけど、いつかまた真尋の演技が見たい。その手助けがしたい。そう思って集まったから、他の誰かや、僕たちが舞台に立つんじゃ意味がないんだ」


 章もうなずいている。律は相変わらずノートパソコンに向かっているが、耳あてがずれているので、聞こえているのだろう。反論がないということは同意らしい。


「そこまでは分かった。なら、俺を入れたいってのはどういうことだよ」


 聞けば、総介はにっと笑う。


「いい質問その2、いただきました!」

「さっさと答えろ」

「――ロキたんの華に、惚れたからだよ」


 そこでロキは初めて、総介の眼鏡の奥をまじまじと見つめた。その瞳は笑っているが、宿っている光は、本気であることを示している。


「オレたちだってね、そりゃいろいろ考えましたよ。ヒロくんが1人で舞台に立てるのがベストだけど、難しいなら共演者を募集しよう、とか。でもねえ、生半可な役者じゃ、こいつの隣には立てない」


 言いながら、総介は真尋の肩に手を乗せる。


「役者志望の新入生は何人かいたけど、みーんなアキに毛が生えたみたいな大根でさあ」

「お、俺のことは今いいだろっ。そもそも、お前の選考基準が厳しすぎるんだよ!」

「そりゃ、ヒロくんの共演相手を選ぶってなったら、厳しくもなるって~。でも、ね」


 にやりと笑ってロキを見る。


「昨日のロキを見て、ピンときたんだよね。立っているだけで、周りを圧倒するような華がある。訓練では身につかない、天賦の才ってヤツ。さすがは神様! それで思ったんだ、“この2人の『2人芝居』なら、行けるかも”って」


 総介は胸の前で力強く拳を握って見せた。


「2人シバイ……」


 また初めて聞く言葉だ。


「そう。オレ、もともと1人芝居とか、2人芝居を観るのってすごく好きでさ。いつか自分たちで作ってみたいと思ってた。けどそれ以上に……天才役者・叶真尋と、神之ロキの2人芝居は、絶対に面白くなる。ヒロくんだってそれは感じてるはずだ。その熱に動かされて、舞台に立てるようになるかもしれない。いや、きっとそうしてみせる」

「……ノイズって可能性はないんですか?」


 総介の熱弁を遮るように、ぽつりと言ったのは律だ。目を伏せたまま、けれど、はっきりと反論を口にした。


「華だってなんだって、強ければいいってわけじゃない。大きすぎる音は他の音を掻き消すし、強すぎるライトは目が眩むだけ。その人がそうならないって、言えます?」

「そうはならない。確信してる」


 思いの外真面目な、落ち着いた声で総介は言った。そして、挑むようにロキに視線を戻す。


「確かにロキは華やかだ。でも、それに負けないのが叶真尋って役者だから」

「こいつが?」


 ロキは半信半疑で真尋を見やった。当人は、恐縮しているような、気合いの入ったような、微妙な表情でうつむいている。


「役者とか天才とか言うけど、そもそも、お前はなんで舞台に立てないんだよ」


 問題はそこだろう。

 他の4人は、真尋を気遣うように視線を投げる。真尋は少し言いにくそうに視線を揺らすと、やがて覚悟を決めたのか、静かに口を開いた。


「前は平気だった。けど、ある失敗をしてから――本番の舞台に立つと、足がすくむんだ」

「……?」

「稽古はできる。だけどいざ本番になって、お客さんの前に立とうとした途端……人の目が怖くて、頭が真っ白になって、芝居ができなくなる」

「なんだそれ。よくそれで役者続けようと思ったな?」


 皮肉のつもりではない。単純に驚いたのだ。真尋は少しだけ眉を下げたが、それでも顔を上げて、ロキをまっすぐに見た。


「……うん。わがままなのは分かってる。それでも俺は、まだ芝居がやりたくて、ここにいる」


 それは、静かだけれど強い言葉だった。

 わずかな間の後、総介が続けた。


「ま、そーゆーワケでさ。ヒロくんは演劇から一度離れてた。でも、オレたちはどうしてもまたヒロくんの芝居を見たくて、演劇部を作ったってわけ」

「じゃあ、この演劇部ってホントにそいつのためにあんのかよ」


 呆れてしまう。それと同時に、総介たちにそこまでさせる真尋のシバイとやらに、少しだけ興味が湧いてきた。

 しかも、そのシバイはロキの持つ華やかさにさえ負けないという。


(ふうん……?)


 だがしかし、それだけではまだ弱い。シバイなんてしょせんお遊びだろう。もっと協力してもいいと思うような理由がなければ、うんとは言えない。


「ってなわけで、2人芝居が上手くいけば、オレたちは嬉しい。で、ロキたんにとっても悪い話じゃないと思うよ。成功すれば観客の“心からの笑顔”も手に入るし、ヒロくんの願いも叶えられる」


 確かに、その部分の筋は通っている。


「……考えてやってもいいぜ」

「やった! じゃあ、これに名前を……」

「勘違いするな。『考える』って言ったんだ」


 何やら紙とペンを差し出してきた総介を押し退け、立ち上がった。


「そのために、示してみせろよ。マヒロが本当に、俺が協力するに値する『シバイ』ができるかどうか」

「……!」


 真尋がゆるりと目を瞠る。

 ロキは不敵に笑った。

 当たり前だろ。神に何かを願うなら、代償はつきものだ。

 さあ、見せてみろ。総介たちを魅了したという、お前のシバイとやらを。

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