第4話 夏の魔物

季節は移り、夏。

3年生の最後の夏の大会が終わり、いよいよ新チームの幕開け。俺は与えられたチャンスをなんとかモノにして、新チームからベンチ入りのメンバーに選ばれるようになった。

日は長くなり、自主練の時間は増え、夏休みは朝から晩まで毎日野球漬けの日々。高校生の本分は野球なんじゃないかと思うほど、野球に没頭した。きっとそれは、谷坂さんの事をあまり思い出さないようにしたいという自分の知らない気持ちが働いていたのかもしれない。夏休みだから本人には会わない…

そんな気持ちとは裏腹に、毎日のように谷坂さんとメールで連絡を取る日々は続く。

自分でも、何がしたいのかよくわからない。


俺『今日もお疲れ様でしたー!そっちも遅くまで部活大変だねぇ』

谷坂さん『お疲れ様!野球部もほんと遅くまで、毎日ご苦労様です!調子はどう?』

俺『お陰様で、次の大会はメンバー選ばれそう!もしかしたらスタメンもあるかも!』

谷坂さん『え?本当に?!すごいじゃん!もし試合出るなら応援するよー』


きっとこの応援の意味は、そんな深い意味じゃなくてただの社交辞令なんだろうなあと思いながらも、野球を頑張る理由にはなった。


出番もなく呆気なく終わった夏の市大会をすぎ、次は甲子園をかけた秋の県大会が始まる。甲子園は高校野球をしていれば必ず目指す目標の地。たったの5回しかないチャンス。日が落ちるのが早くなるのとは対照的に、練習時間は更に長くなっていった。

それでも谷坂さんとの連絡は1日も途絶えることはなかった。


秋の県大会が始まる前、練習がほんの少しだけ早く終わった。

俺『久しぶりに練習早く終わったよー!お先上がります!おつかれっした!』

早いといっても19時は回っていたものの、いつもは送らないような時間に、メールを送った。


チャンチャカチャンチャーン♪

ん?こんな時間に誰や?かーちゃんかな?


谷坂さん『私も早く終わったよー!今から帰るところ!お疲れ様!』


(うわー、帰るタイミング同じなの初めてだなぁ、冗談まじりで送ってみるか)

俺『おー、奇遇じゃん!もし良かったら一緒に帰ろっか?なんてね笑』


家の方向は全く逆だし、彼氏もいる。どう考えたって断られる状況なんだから、冗談まじりのメールがあの時は精一杯だった。


谷坂さん『もし、大竹君がいいなら…』


俺『今すぐ行く!!ちょっとだけ校門で待ってて!!』


いつもは練習の後にやっている、道具の整理や翌日の準備なんかを全てやめて、すぐに着替えて自転車にまたがる。


先輩『大竹!今日は早いんだな、もう少し一緒に練習していかねーか?』

俺『すみません、今日だけはちょっと早く帰ります!!』

先輩『珍しいなー、お前が。まあいいや、また明日な』

俺『はい!すみません!お疲れ様でした』




俺『ごめん!お待たせ!遅くなりました!』

谷坂さん『いやいや、私も今来たとこだよ!練習お疲れ様!』


いつも学校で目にしているはずなのに、この時は胸の高鳴りが彼女にも聞こえてしまうんじゃないかと自分でも心配になるほど、幸せだったことを今も忘れない。


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