第3話 初恋と7月

谷坂さんから来たメールを見て、

【あ、そうなんだー!谷坂さん可愛いもんね!そりゃいるよねー!】ってだけ返した。


絵文字も顔文字もない、いつもに比べれば素っ気ない文書。多分、この素っ気ない文書から谷坂さんに俺が落ち込んでいることを知って欲しかったのかも知れない。そして、その日俺が携帯電話を開くことはなかった。何度か携帯から賑やかな音楽が鳴っていた気はしていたけれど。それがひどくうるさく聞こえた。


〜翌日〜

朝起きて、携帯電話を開く。未読のメールを見る前に、昨日のあのやりとりは夢じゃなかったことを改めて知る。そのあと未読メールには【どうしたのー?寝ちゃったかな?おやすみなさい】と絵文字や顔文字がたくさん並ぶメールが届いていた。俺の送った素っ気ないメールとは対照的に…。


いつもより気が重い、登校。この日は教科書を全部持って行った。多分、いや、絶対に谷坂さんに会いたくなかったんだと思う。別に谷坂さんは悪いことは全くしていない、ただ自分が勝手に浮かれて勝手に沈んだだけなのだから。それを含めて何もかもが嫌になっていたのも、おそらく間違いなかったんだろうとおもう。


教科書を忘れていないのだから、もちろん2組にはなんの用もなかった。ただ、それを不思議に思ったのか武内が廊下から俺を呼ぶ。


武内『どうした?今日は教科書なしで授業受けるんか?』

俺『いや、そんなわけないだろ笑 今日は全部持って来てるんだよ』

武内『へー、珍しいこともあるもんだなー』

俺『失礼極まりないぞ…』

武内『まあ、ならいいや、なんかあったのかなーと思って!』

俺『いや、なんもねーよ。俺トイレ行くからまたなー』

武内『あいよー、また放課後なー』


武内とこんな会話をして、すこーしだけ気が晴れた。野球部の仲間もいるし、今は野球に没頭しろって神様が言ってるのかなーなんて、普段考えもしないようなことを考えながら。


けどそんなことを考えている時間はあっと言う間に終わった。あーあ、だから教室でおとなしくしてればよかったのに…と心底悔やんだ。トイレに行く途中、友達と一緒にいる谷坂さんとすれ違った。きっと向こうはなんにも思っていなくて、きっとおれだけが意識してるんだろうなあ…しんど…。と思いながら、すれ違いざまに谷坂さんの後ろ姿を目で追う。

おれは室井にしか谷坂さんのことは話していないし、谷坂さんも人前では俺と話そうとしない。だから後ろ姿を誰にもバレないように目で追う。彼女が教室に入るとき、彼女と目が合う、そしてニコッと笑いかけてくれた彼女の笑みに、俺は今まで悩んでいたことも全部吹っ切れた気がした。


別に彼氏いたっていいじゃん。諦めるとか無理だわ。俺は今までこんな気持ちになって女の子と付き合ったことはなかった。告白されたから、なんか楽しそうだから。そんな理由で今まで女子と付き合ってきた。けど、今までにない感情が俺に主張してくる。


これが初恋なんだって…。


俺が初恋を経験したのは、蝉がうるさく鳴く高校1年の7月だった。

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