第1話

「ではこちらが今回の報酬です。ご確認ください」


「ありがとう」


 引き受けた依頼の報酬を確認するが、事前に提示された金額通りだった。


「次の依頼はどうなされますか?」


「あ? ああ、十日程ゆっくりさせてもらうつもりだ。その後に魔物討伐の依頼なら引き受けるさ。それ以外はちょっとな」


「でしたら、休み明けまでに厳選してお待ちしております、魔王様」


「……」


 冒険者ギルドを出て定宿へと向かう。

 大体さ、冒険者とか何なんだよ、この曖昧な職業は? まだ傭兵と言われた方が分かり易いわ。


「おかえりなさい、魔王さん。まだ少し早いけど、晩御飯にします?」


「じゃ、荷物を置いてくる。時間外で悪いが、準備を頼む」


「はーい」


 定宿にしている月の栄亭の一人娘ブラウが出迎えてくれた。

 部屋の鍵を受け取り、二階の隅にある少しだけ広い小部屋へと向かうと背負っていたリュックを床の上に置くと食堂へと戻る。


「魔王さん、今日の晩御飯は羊肉のシチューです。あと、これ」


「いつも、ありがとう」

 

 頼んでもいないのに水で割った赤ワインがそっと添えられた。

 ブラウは器量の良く目端の利く娘で、隣国を追放されたことになっている俺にまで優しく対応してくれる。変わった娘というより、商売上手と褒めるべきか。


 関東の一般家庭で育った俺に羊肉は少し縁遠いものだが、悪くはない。きちんと食肉の処理されているのか臭みもなく、おいしく食べられる。

 ここノルデの町は、俺を追い出したということで口裏を合わせてある隣国ヘルドの国境より少しだけ離れた場所にある宿場町といった感じの中規模の町だ。あくまで俺が、俺たちが召喚されたヘルド王国の首都カダアリムの規模と比較する程度だけどな。



「よぅ、魔王! 景気はどうよ?」


「おう、ベスタか。悪くはねえが、良くもねえよ」


「バイデル山脈の麓まで遠出してそれかよ。ここのギルド、金払いが悪すぎだぜ。

 まあ、俺はあんたみたいに腕っぷしが強くねえし、このくらいの町の方が居心地は良いけどな。

 ブラウ、俺にも飯! エールも頼まあ」


 こいつは渡りの薬師をやっているベスタ、俺と同じくこの月の栄亭を定宿にしている。季節ごとに町を転々としながら薬草を集めたり、薬を売って商売をしているそうだ。一応便利だからと冒険者登録をしたいるんだと。

 ほんと、なんでもアリだな、冒険者ギルド!

 と、冒険者ギルドの批判をしてはいるが特に文句があるわけではない。実際にこの組織のお陰で、俺はなんとか生活できているのだからな。


「俺は秋まではこの街に居るつもりだけどよ。魔王はどうすんだ?」


「俺はもうしばらくこの街で厄介になるさ。師匠からの課題も残っている」


「かっー、うめえ! 若い羊の肉だな、間引いた奴か?」


「オーデルの爺ちゃんが増えすぎたからって、分けてくれたの。うちでお父さんが潰しているから、新鮮だよ」


 質問しておいて、聞いてねえ! まあ、こいつはいつもこんな奴だ。

 なんでも春に生まれ適度に育った若い個体の羊だったらしい。俺にはそこまで羊肉に詳しくはなくわからないが、地域に根付いている味というやつなのだろう。



「魔王さん、今回はいつまでお休みなの?」


「十日ほどだ。装備品の手入れやらで、手が掛かるからさ」


「魔王は武器をたくさん使うから、維持費も堪らないだろ?」


 ベスタの言う通りだった。

 俺はソロの冒険者ゆえ、何もかも一人でこなさなければならない。タンクにアタッカー、時には遊撃やサポートまでも。お陰で用いる武具は多岐にわたり、その数もかなりのもの。修理代や何やらで維持費も相当な額になる。


 それでも大した問題にはならない。

 なぜなら、俺の持つユニークスキルが触手だから。

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