第6話 「やっと落ち着いたと思ったら……」

 三人と別れてから俺は使った部屋の掃除をして、いすや机を元通りに戻してから部屋を出て二木さんに今日の日程は終了したことと、また来週もお世話になることを挨拶をしてから公民館を出る。

 春の太陽の温かさと程よい冷たい風を感じながらまた佐藤道場まで戻る。一応おじいちゃんに今日の活動内容と今後どうしていくか、三人の親御さんに詳しいことを伝えて改めて俺がこれから面倒を見ることで許可が取れたことを報告するためである。

 佐藤道場に近づくと、剣道特有の覇気のある声が聞こえてくると思うと急に静まり返る。練習試合でもしているようである。

 俺は道場に付くと、軽く一礼してから道場に入る。みんな練習試合に見入っているようで俺が入ってきたことには全く気が付いていない。まぁ、気が付かれるとめちゃくちゃでかい声で挨拶されてしまって今の試合の緊張感が途切れてしまうのでありがたい。

 みんなから少し離れたおじいちゃんのもとへ気が付かれないように行って腰を下ろす。

 

 「おお、春輝か。例の三人はどうだ?」

 「やっぱりまだまだ慣れていないっていうのはあるけど、なんとかやっていけそうかな。三人の親御さんにもこれからどうしていくか具体的な説明をして正式にあの子たちを見ることの許可をいただけたし」

 「そうか。ならこの件は春輝に丸投げしてもいいのか?」

 「丸投げってもうちょっと言い方無いの……? それにこの件俺が無理だったらどうするつもりだったんよ……」

 「剣道やってもらってたかな?」

 「それしてたらこの道場無くなってたかもね……」


 そんな話をしていると、いきなり女性の大きな声が聞こえたと思うと踏み足と竹刀が防具の打つ音が合わさった重い音が道場内に響き渡る。

 俺はその声を聞いて気が付いたことが一つ。


 「何? 今日千春が来ているの?」

 「今更気が付いたんか。今日は千春ちゃんがうちの生徒たちに稽古つけてくれているんよ。本当はお前に会いに来たらしいんだが、いなかったから帰ろうしたところをちょっと呼び止めてな。最近大会にもたくさん上位入賞して調子に乗っている高学年男子が多いからな。ここらへんで年上とはいえ、女子に徹底的にぼこぼこにされるとちっと気が引き締まるだろうと思ってお願いしたんだよ」

 「なるほどねー……。しっかしあいつこの時間にここに居るってことは部活どうしたんだよ」

 

 大原千春。俺と同い年で道場の生徒として小学校時代からから知り合って中学からは同じ学校に通って部活、道場でともに稽古でぶつかり合ってきた仲。普通に美人でモテるけどまぁ刺々しいと言いますか、男子に対して辺りが強いタイプなのでたぶん誰とも付き合ったことがない残念美少女である。ちなみにぶつかり合ってきただけであって負けたことな一度もない。本人曰くいつか絶対に負かしてるんだから!って聞かないんだけど。

 とはいえ、女子の中ではほぼ無敵だった。こいつの飛び込み面は男子顔負けで、普通では届かないだろうという距離から飛びついてくる。男子でも対応できないやつがごろごろいたので女子で対応できるやつはほとんどいなかったからな。

 そんな彼女とは高校で別になるかと思っていたが、千春自身も「頭いいところに行きたい!」と言い、推薦枠を断ってまで必死に勉強を頑張っていたので俺が勉強を教えてやったりしたらなんとか合格したっぽい。

 てっきり剣道部に入って早速厳しい練習を始めているものだと思っていたのだが、なぜか今日ここに居る。

 

 「千春ちゃん、ありがとう」

 「いえいえ、これぐらいは……って春輝がいるっ!?」

 「おう、その言葉は俺もそのままそっくりお前に返したいところなんだが」

 

 そんな俺たちの会話をぽかーんと生徒たちは見ていたが、おじいちゃんが再び生徒たちを集めて今度は地稽古を始めたので、千春が着替えたりするのを道場の入り口に座って待つことにした。

 あいつ、稽古した後は俺の隣に来たがらないからな。年ごろとはいえ、散々小さい頃は気にしなかったんだから今も気にしないんだけどな。それを言うと——。


 「私が気になるんじゃ気が付けや! このデリカシー0が!」

 

 って言われるのでおとなしく待つことにする。


 「お待たせ」

 「おう。ありがとな、じいちゃんのわがままに付き合ってくれて」

 「いえ、これくらいは生徒として出来るなら喜んでするわ。で、話を早速始めるけどあんた剣道部入らないって本当?」

 「おう、そのつもりだ。家族はもう説得済みだ」

 「なんでまた? せっかく実績詰むチャンスじゃない。剣道でこれから将来切り開くわけじゃないのは分かっているけどさ……。あんたそういうタイトル取るの結構好きだったじゃないの」

 「……」


 確かに昔から剣道だけじゃなくてゲーム大会、学校の中での競争とか小さなことまで一位になりたかったもの。

 もともと俺はプライドも高く、そう言ったことが大好物だったことには間違いない。しかし……。


 「言い方が悪いけど、それだけを追い求める時間が俺の中で終わったかな。ただでさえ忙しい勉強に加えて、そろそろ将来に向けて考えていかなきゃならない。剣道で俺は大学や実業団に進む道は選択肢にはない。そういう選択肢を選ぶ人間は推薦でもっと設備も部活に割ける時間が多いところで今も練習している。もし、戦うなら環境の事は言い訳にはできない。そうやって色々悩みだしたら俺の今の心理的にも練習が身が入る気がしないってことだ。要はヘタレってことなんだけども」

 「そ、あんたなりに結構悩んでるのね。周りの話じゃ週末を遊びに使いたいとか言っていたとか聞いたけど」

 「そ、それもないわけじゃないけどな……」

 「いいんじゃない? ずっと今まで剣道ばっかりだったし、何か違う視点を持つのもこれからに役立つかもね」

 「そういうお前は剣道部はどうしたんだよ」

 「うーん、なんかあんたを負かすことばっかり考えていたから入らないって聞いてどうして?ってなってじっとしていられなくて今日は真実を確かめに来たってとこ。まだ入るかは保留しているとこ」

 「そうか、なんか間接的にお前まで振り回しちまった。すまんな」

 「いいのよ、私が勝手に目標にしていただけだし」

 「で、どうすんの部活?」

 「ま、もーちょっと考えるわ」


 そういうと、トントンと靴を履いて防具袋と竹刀袋担いで立ち上がった。


 「送っていくよ。今日練習付き合ってくれたし、なんか奢らせてくれ」

 「あらそう? ならありがたくいただこうかしら?」


 自分で稼いだ金じゃないのであんまり偉そうに言えた口じゃないけど、千春に奢るならまぁこづかいをくれる両親も納得するだろう。


 「お、千春ちゃん帰るんか?」

 「はい、先にお暇させていただきますね」

 「俺が千春送っていくから」

 「そうか。お、そうだ! 千春ちゃんもこの時間暇になるなら春輝と一緒にあの小学生の女の子の面倒を一緒に見てやってはくれんか?」


 あ、じいちゃん……。それは千春に別に言わなくてもよかったでしょう……。


 「しょ、小学生の女の子の面倒を……見る……?」

 「そうなんじゃ、春輝がやってくれるというのだがやっぱり一人では不安なところもあるんでな。よかったらどうかと思ってな」

 「ふぅん……。そうですかぁ……」


 やばいやばいやばい。俺の方に恐ろしい目つきでにらんできている。さっきまで語っていたことの信用が音を立てて崩れ去る。

 

 「分かりました。この後春輝がおいしいカフェに連れて行ってくれるそうなのでそこでゆーーーっくりと聞かせてもらいます。じゃ、いこうか? は・る・き!」

 「はい……。行きましょう」

 

 おじいちゃんに口止めをしておかなかった俺の行動を悔やんだが、時すでに遅しであった。

 不機嫌さを表しながら歩く千春の横を小さくなって俺は付いて行った。

 

 

 

 

 

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