番外編 乾杯の歌
注:ミラが少々暴走しております。王太子も、かな? 良い子の皆様にお勧めできる内容とはいい難く、一応注意を喚起致します。
二人の婚約が正式に公表されてしばらくした時のお話です。
***
― 王国歴1019年 夏
― サンレオナール王都 ルクレール侯爵家
その日はルクレール家に王太子が呼ばれて夕食を一緒にとることになっていた。午後お妃教育を終えて帰宅するミラと一緒に王太子はルクレール家に来ていた。夕食までにはまだ少し時間があったが、ジェレミーがまだ帰宅していない。
「あの子のことだから今晩のこと、忘れてはいないでしょう。でも彼が今朝出掛ける前に家族の誰も確認しなかったのです。ああ、どうしてこの世界には携帯がないのかしら、不便よね全く!」
王太子は今まで不思議に思っていたことをミラに聞く。
「ケータイ? どうして君は時々俺の知らない言葉を使うの? 全部庶民が使う言葉でしょ、どうして侯爵令嬢の君が?」
「まあ、庶民の言葉と言いますか、何と言いますか……」
「ジェレミーやフロレンスも時々わけの分からないことを言っているよね」
「その質問にお答えするためにお見せするものがあるから取って来ます。丁度良かったわ、同時に私もゲイブに聞きたいことがあるのよ。待っていてね」
そしてミラは自分の部屋に駆け上がり、本を何冊も抱えて居間に戻ってくる。そして長椅子に座る王太子の隣に腰を掛け、そのうちの二、三冊を彼に見せた。
「お待たせしました。これね、私達の愛読書なの。最近は特に『異世界もの』にハマっていて……架空の世界のお話でね、そこでは誰も魔法は使えないのだけど、テレビや携帯、ネットとかとっても便利なものがあるのです。その世界で女子高生って言う種族の女の子が色んな冒険をするのよ」
「??? 要するに別世界での物語なわけだね。こんな書物何処で手に入れているの?」
「レベッカの祖父母が街で本屋を経営しているのです。レベッカに頼んで買ってきてもらったり、時々は自分たちで行ったりしています」
「やっぱり庶民の読み物か。こういうのを読んでいるから君達は俺の分からない妙な言葉を時々使うのだな……ねえ俺もちょっと読んでみていい?」
王太子は本を手に取ってパラパラめくって見ている。
「まあ、貴方が興味を示すなんてちょっと意外。いくらでもお貸しするわよ。でも頭の固い侍従や側近には見つからないようにしてね。『ミラ様、殿下に下賤な事を吹き込むのはお止め下さい!』って私が怒られそうよ」
ミラの言葉に王太子は苦笑した。
「そんなこと……あり得るなぁ。さて今度は君の番だよ。俺に聞きたいことって何?」
「ねえゲイブ、以前から私ずっと悩んでいて、聞きたかったのよ……でも本当に聞いていいのか迷っていて……」
王太子は思わず手にしていた本をテーブルの上に置き、ミラに近寄って彼女の両手を優しく握った。何かを
「不安や悩みを抱えて嫁いで来てもらっても……婚約中にきちんと話し合っておけることははっきりさせていた方がいいよね。何でも言ってごらんよ」
ミラは顔を上げてしっかりと王太子の濃い碧色の目を見つめて口を開く。
「では、思い切ってお聞きします。ゲイブの、貴方の趣味や嗜好が知りたいのです」
「何? 俺の趣味ってミラ知ってるよね、遠乗りに狩り、剣よりは槍の方が得意で、俺の好きな食べ物だって……」
「そういう意味ではなくてですね……えっと、ゲイブに変わった趣味があるのなら今のうちに知っておきたいのです」
「変わった趣味?」
「えっと、ですから、
「キョ、巨乳って連呼するなよ! 人を変態みたいに!」
「まあゲイブ、そんなことおっしゃったら本当の変態に怒られますわ。巨乳好きはただのスケベ、普通の健全な男子ではなくて?」
「いや、だからそうなのだけど!」
「で、私がお聞きしたいのはですね、例えば痛くするのが好きとか、逆に痛めつけられないと駄目とか、複数人でなさるのがいいとか……例を挙げ始めるときりがないですけれど……」
「はぁ? そんなこと知りたいの?」
「結構重要だと思いませんか? だから私、時前に知っておきたいのです。嫁いでしまってから『えっ? ゲイブってこんなプレイが好きだったの!? 聞いてないよー!』ってなるよりも。それに心構えや予習も出来ますし」
「ちょっと! 予習って誰とするんだよ!」
「いえ、それはゲイブのお答えの内容にもよるけれど……別に誰とも? イメージトレーニングっていうの?」
「はぁ……」
王太子はガックリと頭を垂れた。
「ねえ、ちょっとこの本見て下さる?」
ミラは持ってきた本のうち別の一冊を王太子に渡した。題名は『淑女と紳士の心得』、重厚な表紙と題名から一見お堅い礼儀作法の本に見える。しかし、実は作法と言っても
第一章は女性の純潔を損なわないで楽しむ方法、第二章は基本的には何でもありで、女性が
「ゲッ、何この本? これも例の本屋で手に入れたの?」
王太子の目が飛び出るのも無理はない。
「ええ。流行り
王太子がそちら、他の本の題名に目をやると『良い子の〇〇入門』『良い子のXX中級上級編』『オトナの玩具カタログ1018年版』などなど、こちらは題名から既にいかがわしい内容がうかがえた。
「はぁ……」
何度目か分からない特大ため息をついた王太子だった。
「で、どうでしょうか? お妃教育じゃろくに何も教えてくれないのです」
「どうでしょうかってねミラ、君は男と二人っきりの時にこんな本見せて、危機感ってものがないの?」
「二人っきりと言ってもゲイブは私の婚約者でしょ。私も出来れば結婚までは一応純潔は守りたいけど、この本の第一章までなら全然構わないわ」
王太子は頭を抱え込んでしまった。
「はい? 君、俺の自制心を試しているよね!」
「試しているわけではないです。でも、この屋敷内には扉に張り付いて盗み聞きする輩がウロチョロしておりますから……今ここで、ではなくやっぱり時と場所を改めて……」
「そ、そういう魅惑的なお誘いについてはまた今度話し合おう、分かったね?」
「はい。で、ゲイブ最初の私の質問へのお答えは?」
「変わった趣味はない。今のところは」
「今のところは、ですか?」
「でも結婚後にこの『淑女と……』に載っていない体位を開発するかもしれないし、新しい趣味に目覚めないという保証もない」
「なるほど、分かりました! それにはお互いその時点で柔軟に対応することにしましょうね」
ミラはほっとしたような笑顔を見せた。
「あ、今ジェレミーが正門から帰ってきたわ。私、この本さっさと片付けてしまいます!」
そして彼女はそれらの本を全て抱えてバタバタと去って行く。ミラが居なくなった後、一人王太子は長椅子に
「はぁー、なんかドッと疲れが押し寄せてきた……何でこんな展開になった?」
さて、怪しい本を持って階段を駆け上がっていたミラはレベッカにしっかり目撃されてしまった。
「お嬢さま、そのような本をどちらに持ち出されていたのですか? もしかして殿下にお見せになられたとか?」
「そのもしかよ……レベッカさん鋭いわね」
「はぁ……殿下もお気の毒に……」
「どうしてそこでお気の毒になるのか良く分からないのだけど……」
「うちの本屋が出所ということでわたしも責任の一端を感じてしまいます」
「レベッカの責任じゃないわよ」
「ところでその怪しい蔵書の数々、王宮に持って行かれませんよね?」
「もちろん置いていくわよ、ジェレミーとフロレンスのために。私はもう大丈夫、だいたいは頭に入っているし!」
(覚えなくてもいいことは簡単に吸収出来るものなのよねぇ……王国の歴史や地理にその記憶力を使って欲しいところです……)
ミラと婚約前は庶民の使う俗語などまず知らなかった王太子だった。ミラに借りた本を読み、彼女と色々な話をするようになってから彼の俗語庶民語の語彙は大幅に増えた。そしてミラとジェレミーのとんでもない会話に参加はしないでも、ついて行けるようにまでになったのだった。そのことについてもレベッカは常々大きな責任を感じずにはいられない。
***ひとこと***
大変失礼いたしました。まあこういう経緯で国王陛下もミラの話していることがだんだんと理解出来るようになったのですね。
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