第二十話 いつか王子様が
再び妙に言葉遣いが改まったミラにたじたじとなっていた王太子にそこで助けが入った。
「おい、ミラ、そのくらいで勘弁して差し上げろよな」
「クロード! やだ見ていたの?」
「お、お前いつからそこに?」
「あのケバい看護師が出てきたあたりから居りましたが」
「えっ?」
「扉を開け放したままイチャついている方が悪いのです、殿下」
ミラは顔が真っ赤になってしまった。
「いや、だってさ……」
「先程から別の看護師やらバレット医師やらが様子を見に来ましたが追い帰しておきましたよ、お取り込み中だからと」
「それは悪かったね」
「もう、ヤダ!」
「ミラ、さあ帰るぞ。お前ご両親に何も言わずに飛び出して来たのだろ?」
「あ、そうだったわ! 心配しているわよね……」
「殿下、コイツ裸馬にこの格好で
「ハハハ、ミラらしいね」
「えっと、取るものもとりあえず、とにかく急いでいたので……」
「それでは殿下、失礼いたします。お食事はお一人でなんとか召し上がって下さい」
「じゃあねゲイブ」
「ああ、ミラ、来てくれてありがとう。明日使いをやるよ」
そして王太子は立ち上がって軽くミラを抱き締めて一瞬だったが唇にキスをして彼女を解放した。
「ゲイブ、クロードが見ているって言うのに!」
「どうせ先程からずっと見られていたのだから今更構わないじゃないか」
「構います!」
その後クロードに送られて帰宅したミラはもちろんのことアルノーにこってり絞られた。しかし王太子もクロードも戦地から無事に帰って来たことに加え、ミラ自身もやっと普段の元気の良さを取り戻しており、家族皆ほっと胸をなで下ろしたのだった。
王太子の怪我は大したことはなく、すぐ医療塔から出られることとなった。
右手の包帯が取れた王太子はある日ルクレール家を訪れた。今まで屋敷に来る時は常に簡素ななりをしていた彼が珍しく紺の礼服を着ている。王太子を玄関で迎えたミラとアルノーはいつものように普段着だった。特にアルノーは居心地の悪さを感じていた。
「ゲイブ、どうしたの? 王宮で何か行事でもあったの?」
「ん、いや。今日は改まって君と御両親に話があるから。だから……」
「お話でございますか? では殿下、応接室へどうぞ。私達がこんな普段着で申し訳ありません」
アルノーは側に控えていたセバスチャンに目配せをした。アルノーが応接室へ王太子を案内し、彼に上座を勧めているところにセバスチャンに呼ばれたテレーズも入ってきた。
ミラは王太子の向かいに自分の両親と並んで座ろうとしていたところ、何と王太子が未だ立ったままのアルノーとテレーズの前に
「で、殿下、何を!」
「アルノー、テレーズ・ルクレール侯爵夫妻、この私にミラ・ルクレール様に求婚する許可をお与え下さい」
これには親子三人とも驚いた。
「そんな殿下! 許可も何も……お立ちになって下さい!」
「それではよろしいのですね」
「は、はい。親としてこれ以上の栄誉はございません」
「ルクレール、お前なあ、父上が婚約の王命をお渡しになった時には正妃はムリだせめて側妃にしてくれ、なんてゴネだしたとのことだけど?」
「まあ、うふふ」
先程からニコニコと微笑んでいたテレーズは堪えきれずに笑い出した。
「いえ、ですから殿下それは……」
「君達血は争えないね、全く」
そして王太子は同じく立ったままで何も言えずにいるミラの方へ向き直りった。
「では、御両親の許可も頂いたことだし……」
今度は彼女の前に
「ミラ・ルクレール様、祭壇の前で貴女のお手を取る栄誉をどうかこの私にお与えください。貴女と共にこれからの人生を歩んでいけるなら、私は王国一の幸せ者にございます」
ニッコリと微笑んだミラは王太子の差し出した手をとった。
「王家に嫁いでも時々は遠乗りや狩りや釣りに出掛けてもよろしいでしょうか?」
こいつは何を言い出すのだ、といった表情でアルノーは呆れて自分の娘を見ている。仮にも第一王位継承者が自分の前に跪いて求婚しているのである。
「ああ。一緒に行こう」
「時々は街に出てもいいですか?」
「うーん、それもまあ、たまになら」
王太子は立ち上がってミラを抱き締めた。
「それから、レベッカも王宮に私の侍女として連れて行ってもいいですか?」
「もちろんいいよ。もう魔法で二人入れ替わらないと約束するならね。でも今なら本物のミラが見分けられるよ、魔法で化けても」
「まあ、ゲイブったら。貴方の奥さんになれるなんて光栄です」
「うん、愛しているよ、ミラ。キスしてもいい?」
「無理矢理でなければもうキスに許可は要らないわよ」
「こいつ……」
「あ、でも両親が見ているし……その……」
「ちょっとだけならいい?」
「ヤダぁゲイブ、両親だけじゃなくて家族、使用人全員見ていますけど……」
それはミラの口真似をしたジェレミーだった。慌てたミラが周囲を見回すと応接室の開いたままの扉のところには、お茶を持ってきたセバスチャンにフロレンスにレベッカまで居た。
「えっ、ちょっと貴方たち、いつの間に! ゲイブ、もうそろそろ離して?」
「しょうがないね……」
王太子は軽くミラの唇に口付けて彼女を解放した。
「殿下、本当にこの姉でいいんですか? 以前父が申しておりましたが、クーリングオフ期間はありませんよ」
「何、そのくーりんぐなんとかって?」
「ジェレミー! 殿下の前で何ということを言い出すんだ!」
「ウフフ」
「お姉さま、本当にお姫さまになるのですね」
「羨ましくてももう代わってあげられないわよ、フロレンス」
「えっと、私は……」
「何よ、その沈黙は! まあね、貴女はショタ君が良かったのだっけ?」
「しょたくん? あのさ、いまいちジェレミーとフロレンスの反応が微妙なんだけど?」
「そ、そんなことないですわ、殿下!」
「そうですよ、殿下。この姉を貰って下さるなんて家族全員大喜びで送り出しますよ! いやあメデタいなぁー!」
そこでセバスチャンとレベッカが人数分のお茶を運んできて皆座って歓談になった。
「まだ国境のあちこちで小競り合いが起こっているし、王国全体の情勢も不安定だから婚約の儀は両親とルクレール家の皆さんだけで略式にしようと考えています」
「異論はございませんわ」
「春過ぎにもう少しで紛争も鎮まるといいのですが……婚姻の儀は来年の春以降になります。でも私としては待ちきれません」
その後、皆で夕食をとり、居間に移動したがまずはジェレミーとフロレンス、その次にはアルノーとテレーズが退室した。
「気を利かせて二人きりにしてくれたみたいだね。ねえ、もっとこっちにおいで」
長椅子に座っていた王太子はミラを引き寄せて自分の膝の上に座らせた。
「ゲイブ、今日はわざわざ私に改めて求婚するために礼服を召されたの?」
「うん。こういうのって緊張するものだね」
「ゲイブの身分なら王命が下された時点でもう婚約は決定事項だったでしょう? だって以前は『私の妃になる栄誉を与えてやる』だなんて偉そうにしていたのに。王族ならそれが普通よね?」
「そうなのだけど、やっぱり
「まあ、王太子の貴方はどこでそんな知識を仕入れたのかしら?」
「実は、母上にけしかけられてね」
「王妃さまが? そうね、悪くはなかったわね。私の王子さまが目の前にひれ伏しているなんてね」
「それだけ?」
「その、貴方だったから……感動したわ。とても嬉しかったです」
「ああ、素直な君は本当に可愛いよ」
***ひとこと***
やっと普通の恋愛もののように甘くなりました!
それにしてもクロードは毎度タイミングよく現れます。
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