第十五話 泣き泣きお別れ

 時間は少し戻り、ミラと王太子が遠乗りに出掛けていたその頃、ミラの父親アルノーは王宮本宮の国王夫妻の御前に呼び出されていた。


「陛下におかれましては……」


「ルクレール、そんな堅苦しい挨拶はよい。元気そうだな」


「はい、お陰様で」


「先日テレーズとミラが来て下さってとても楽しく過ごせたのよ、アルノー」


「はっ、妻も娘も王妃様とお話ができて大層喜んでおりました」


「それでだ、ルクレール。本日お前をこの場に呼んだのはな、お前の娘ミラをガブリエルが是非とも王太子妃として迎えたいと申しているからなのだ」


「オ、オータイシヒ???」


 アルノーはその言葉を聞いた途端にひっくり返りそうになる。仮にも国王の御前である。頭を下げたまま動揺を隠しきれない。


(何かの冗談か……それとも罰ゲーム???)


「そうだ。娘がゆくゆくは王妃だぞ、喜べルクレール!」


「い、今、うちのミラを殿下のお、お妃にと?」


「何だルクレール、何度言わせればいいのだ? お前もう耳が遠くなったのか?」


「私もミラのこと、一目で好感の持てるお嬢さまだと分かりました。裏表もなく、嫁と姑として上手くやっていけると思うのよ」


(そりゃあまあ、嫌悪感までは抱かないと思うが……ウラオモテ? そんなものなさ過ぎてしょっちゅう思わず本音をこぼして失言しておるわい!)


「王妃様にまで……光栄の極みにございます。しかし、我が娘は、何と申しますか、まだまだ未熟者でして、王太子妃など務まるような器ではございません」


「ガブリエルの女性を見る目がなっていないと申すのか?」


「そ、そんな、滅相もございません」


(滅相もございますだ! 全く殿下の趣味を疑うわい!)


「陛下、それはガブリエルに対してもミラに対しても失礼ですよ」


「すまない、エレーヌ」


「せ、せめて側妃としてお召しになられてはどうでしょうか……いや、側妃でももったいないくらいでございますが……私も父親としてあの娘に王太子妃、王妃としての公務が務まるとはとても思えず……」


「何を遠慮することがある? こちらが王太子の正妃として迎えると言っているのだ。妃一号、二号なんてな、早い者勝ちじゃ。王命も正妃ということでもう清書してある。今更書き直せるか!」


 正妃の座もまだ埋まっていないことだし国王は妻のエレーヌ王妃が気に入った娘なら万事上手く行くだろうという考えで王命を下したのだった。要は書き直すのが面倒なだけとも言えた。


(何でだ? 何でこんなことに?)


「ははっ、ありがたき幸せ」


 アルノーはうやうやしく、しかし震える手で国王の手書きの書類を受け取った。


「腹が減った、昼食にするぞ。お前も同席しろ、ルクレール」


「はい、ご一緒させていただきます」


(こんな時に食事が喉を通るかっつーの……)




 その夕方、アルノーは大粒の涙を流しながら帰宅した。


「アルノー、どうかなさったのですか? 元気がなさそうと言うよりも……また泣いていらっしゃるのですか?」


「テレーズ、どうもこうもないよ! 最近やたら王太子殿下がミラをお構いになっていると思っていたら何と、妃として迎えたいそうなのだ! ほら、王命まで頂いてしまった……トホホ」


「やはりそうでしたか。アルノー、良かったではないですか。嫁の貰い手がないって嘆いていた貴方なのですから。ミラを望んでもらって下さる方が現れて」


「どうしてお前はそう呑気なのだ! うちのミラに王太子妃なんて大役、務まる訳がない! せめて側妃で、とお願いしたら即却下されてしまったよ……」


「アルノー、気に病み過ぎですわ。殿下とミラ、お似合いではないですか?」


「お前のその能天気さを少し分けて欲しいくらいだ……」




 その日の夕食は緊急五者会議となった。アルノーだけでなく、ミラまで何となく元気がない様子だった。


「ああ、王太子妃の件ね……今日直接殿下ご本人の口から告げられたわ……」


「お姉さま、お姫さまになるのですか?」


「羨ましい? フロレンス、だったらいつでも代わってあげるわよ」


「いえ、王太子殿下は私には年上すぎて」


「ああ、どうしてうちのフロレンスはミラともっと年が近くないのだ! そうしたらミラでなくフロレンスを王宮へやるのに!」


「悪かったですね、俺が男に生まれて」


「大丈夫よフロレンス。年上って言ってもね、十歳ちょっとの違いでしょう? あと三年もすれば幼女趣味とかロリコンとか言われないわよ」


「えっと、そういう意味では……」


「なんだ、フロー、お前年上じゃなくて年下好みなのか? ショタコンだったのかぁ、へぇ」


 相変わらず船山に上る状態というよりも、話題がずれてしまっている。


「とにかく、もう王命も下って決まったことですもの! 私たちは腹をくくってミラを嫁がせましょう。ミラ、貴女は胸を張って王宮に入りなさい!」


「……はい」


 その時は家族全員、ミラが王家に嫁ぐという重大発表のせいで、彼女の様子がおかしいのに気付いていなかった。




 その後二週間ほどたったある日のことである。クロードがルクレール家の屋敷を訪れた。客間でアルノーとテレーズと話しているところをミラは扉の外から盗み聞きする。


 最近の王国の情勢は少々不安定で、年明け頃から南の隣接国カンディアックがこちらの南部ヴァリエール領に攻め入り、時々小競り合いを繰り返していた。今回本格的に戦いが長引いているらしく、王都から騎士団と魔術師団を派遣することになった。


 その南部の国境へ向かう魔術師団にクロードも加わるというその報告をするため、彼はルクレール家を訪れていたのである。


「私達魔術師団は騎士団と共に明朝王都を出発いたします。それで一応ご挨拶にと思いまして」


 南部で小競り合いが起きていることは聞いていたが、何しろ遠方のことだったし、王宮から援護を出さないといけないくらいの深刻な事態だとは誰もが思ってもいなかった。


「まあ、クロード。体に気を付けて下さいね。無理はなさらないように」


「うむ、何だな。ここで王都から人を送り一気に片を付ける作戦か……」


「そんな大事ではありません。ただ、ここで王宮からわざわざ兵を送りこちらの本気を見せつけ、出来れば交渉に持って行き被害を最小限に食い止めたいという陛下のお考えです」


「やはりそうだったのか」


「それから、第一騎士団は王太子殿下が指揮を取られるそうです。殿下も私達と共に明日出立です」


 ミラはそこでハッと息を呑んだ。彼女にとっては寝耳に水であった。


「わざわざ殿下まで赴かれるとはな……」


「実は殿下が南部に向かわれることは公にはされておりません。王国内の民の不安を無駄に煽らないためというのが陛下のお考えです」


(ゲイブは南部に発つだなんて私に何も言ってくれなかった……)


 確かにミラと王太子は先日の遠乗り以来連絡を取り合っていなかった。


(私からお気をつけて、って文を書くべきなのかしら……それにしても、一言教えてくれてもいいじゃないのよ! いいわよ、文なんて送ってやらないから! ゲイブのバカバカバーカ!)




***ひとこと***

クロードがヴァリエールの戦に魔術師団の一員として派遣されることになりました。王国南部ヴァリエール領のすぐ隣には……あの方が居ます。彼の運命も大きく変わりつつありますね。クロードの話は「この世界の何処かに 王国物語1」になります、まだお読みでなければ是非どうぞ!

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