第十四話 恋とはどんなものかしら

 ミラはある意味窮地に立たされていた。王太子に求婚された、というより結婚を命じられたのである。


「私はその、正妃だなんて面倒、ではなくて……とんでもないでございます。恐れ多くて……私めには荷が重すぎます。陰謀渦巻く後宮を仕切るなんてとても無理でございます。数多くの妃同士の争いや喧嘩に身も心も疲れ果ててしまうに決まっています! どうかお許しくださいませ!」


「はぁ? 下世話な物語の読み過ぎだ。妃が君一人だけだったらそんな嫌がらせも醜い女同士の争いもないよね」


「妃が私一人? そ、それはサンレオナール王国存続の危機にも繋がります!」


(だいたい正妃だろうが側妃だろうが王家に嫁ぐこと自体が面倒臭そうなのにぃ……)


「口が減らないね、君も。あの舞踏会に出席していた時点で王太子妃候補とみなされるの!」


「えっそんなこと、聞いておりません!」


(そもそも私やお父さまは行きたくてあの場に居たわけではなくて、無理矢理引っ張り出されたのよ!)


「今頃父がルクレールにこの件を伝えていると思うよ。正式な王命として」


「えっ! 王命ってもしかしなくても私を側妃に迎える件ですか? 大変ですわ、父が発作を起こして倒れてしまいます! 今まで散々親には迷惑を掛けてきた私ですけれど、こう見えてもやっぱり彼らには長生きして欲しいのです。悠々隠居生活を送らせたいわ……」


「そこまでルクレールのことを心配するのだったらさ、もう少し令嬢らしくお淑やかに振る舞えよ……」


「それは重々承知しておりますけれど……とにかく、こんな所で油を売っている場合ではないわ! 父が発作で倒れていなければ髪がゴッソリ抜けているか胃に穴が開いているかよ! 早く帰らないと!」


 立ち上がろうとするミラの腕を王太子は掴んだ。


「君ね、こんな所で油売っているって……仮にも王太子である俺の誘いで一緒に出掛けているんじゃないか、ますます失礼だね!」


 ミラがハッと気づいた時には遅すぎた。


「申し訳ありません! いつものようについ思っていることが口から出てしまいました!」


 王太子はガックリ肩を落とした。


「それから、先程の君の言葉を訂正させてもらうと、王命は君を正妃として迎える件だからね。側妃ではなくて! ルクレール家側からは辞退できないよ。腹をくくって嫁いでくるしかないね」


「え、そんなご無体な! どうかそれだけはお許しくださいませ。他にいくらでも正妃でも側妃でも相応しいご令嬢はごまんといらっしゃいます。選り取りみどりでしょう?」


「いや、だから俺は君がいいの。普通王太子妃になれるって言ったら一族全員泣いて喜ぶもんだろ?」


「ルクレール家は少なくともそうではございません。ですから、その大手を振って喜んで娘を送り出すような家からお妃をお迎えになればよろしいのでは?」


「いい加減にしろよ! ちょっとその生意気な減らず口塞いでいい?」


「え? 減らず口とおっしゃられましても……あ、あふっ」


 そうミラが言い終えるより先に王太子の顔が間近に迫り、彼女の口は言葉通り塞がれてしまった。それは屋敷でされた初めてのキスとも、舟遊びの時の軽いキスとも違い、激しいキスだった。


 王太子の腕が腰に回されていてミラは身動きが取れなかった。それに彼女の背後には大木がある。彼の隙をみて、辛うじて顔を背けて頼む。


「ヤだ……やめて……」


「やめない」


 空いている手で再び顔を彼の方へ向けさせられてキスを続けれられた。




 どのくらいたったか、やっと解放されたミラだったが、体はまだ彼の腕の中だった。


「酷いわ、ゲイブ……従者の方に見られているのに!」


 拳骨で王太子の胸をドンドンと叩いた。


「マルタンなら私が呼ぶまで外している」


「そういう問題でも無くって! とにかく離して下さい」


 ミラは思わず彼の腕の中から逃れようともがく。


「嫌だね。君だってまんざらでもなかったろ?」


「どういう意味ですか?」


「そのまんまの意味。とにかく、君が俺に嫁ぐことはもう決定なの。だからいい加減観念しなよ。お互い楽しくやろうじゃないか」


「楽しくですって? 殿下は以前、嫌がっている女性をどうこうする趣味はないとおっしゃいました!」


「それほど嫌がっているようにも見えないけれど? 本当に嫌なの?」


「それは……正直言うと良く分かりません。殿下とのキス自体は嫌ではないと思いますけれども……でも殿下は地位と権力を振りかざして私を言いなりにしようと思っていらっしゃるでしょう?」


「人聞きの悪い事言うなよな。キスは嫌じゃないんだったら大丈夫だ」


「き、キスすることと、婚約結婚してそれ以上のことをするのはまた別ですから!」


「へぇ、じゃあそれ以上のこと、今ここで試してみる? きっと嫌ではないと思うよ!」


「えっ、わ、私心構えが出来ておりません! でも、殿下がどうしても今すぐ野外で、しかも従者の方の目の前で、無理にいたしたいのでしたら私はどうせ逆らえませんしね。そんなにおやりになりたいのでしたらどうぞ! 今だろうが、嫁いだ後だろうがシなければいけないのなら同じことですわ!」


 ミラはギュッと目をつむり、仰向けに敷物の上に横になった。


「何だよ、その投げやりな態度は!」


「私、自分で服を脱ぎましょうか? それとも殿下が脱がせてくださいますか? 破らないように注意していただけるとありがたいのですけれど、家族の手前!」


「全く、色気もへったくれもないのだから、君は! そんな態度だとその気も失せるって前も言ったよね!」


「いつもご期待に沿えなくて申し訳ありませんっ!」


 そこで王太子は立ち上がった。


「もういい、ほら帰るぞ。マルタン! 馬を持て!」


「はい、ただ今」


 何処に隠れていたのだか、従者はすぐさま王太子の栗毛マロンとミラのエクレールを引いて現れた。


「さ、早く立って!」


 王太子はミラの手を引いて立ち上がらせ、馬に乗るのも手助けはしてくれた。しかし、帰りの道中はルクレール家に着くまでずっと無言だった。ミラもそんな彼にわざわざ話しかける気にもならず、一言も口をきかずじまいだった。そして二人は門の前で別れた。


「今日はその、ありがとうございました、殿下」


「ありがとうなんてこれっぽっちも思っていないだろ?」


「そんな言い方ないでしょう!」


「じゃあどう言えばいいって言うんだよ!」


「何なのですか一体……」


「これはこっちの台詞だよ、全く。二人共少し頭を冷やした方がいいみたいだ。じゃあな!」


 売り言葉に買い言葉で結局は喧嘩別れのようになってしまったのだった。




***ひとこと***

王太子が思い描いていただろう初めての二人きりデートでロマンティックな雰囲気になって……には程遠い結果に終わってしまいました!

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