第十二話 ラプソディー
舟遊び以降、ミラは日をあけることなく王太子からピクニックや林檎狩りなど外出に誘われるようになった。いつも二人きりではなく、毎回家族も一緒にと言われる。時々はクロードの一家も誘われた。
もうミラもその度に大人しく誘われるまま出掛けていた。王太子はご友人も一緒にとは絶対に言わず、彼女の家族と一人っ子のクロードの家族以外は誘わなかった。
王太子とミラのデートもどきに付き合わされているクロード、ジェレミーにフロレンスも毎回不平不満も言わずついて来ていた。本人たちの前では口を
「殿下は他の同年代女子を誘って事態を複雑にしたくないんだろうな」
ミラ以外の人間には王太子の思惑などお見通しだった。
「やはりクロードもそう思われますか? 私は殿下とお出かけするの、楽しいから好きですわ」
幼いフロレンスにまでそんなことを言われていた。
「俺が思うにフロレンス、お前がもっとミラと歳が近かったら誘われていないかもなあ」
「だろうな。殿下にやたら色目を使うようなマセた妹だったらさすがにお呼びじゃないか。殿下も実の姉妹で
「ジェレミー、年端もいかない妹の前で何て発言だ!」
「私、慣れていますから大丈夫です、クロード。とにかく私は純粋に幼い妹に徹しています」
「フロレンス、お前って何気に大物だな」
「俺ら、いつまでデートに付き合わされるんだろ……軽いチュー以上に進展していないよな、二人の関係。姉上は殿下のこと男として全然意識してないぞあれは……」
「全くだ。殿下もここまで物好きとは思わなかった。いつまでたっても報われそうにないが。時々殿下がお可哀そうになってくる。本人達の気の済むようにさせておけばいいのか……」
「大体殿下だってあれだけ姉上に執着して脈無しだと分かったら次あたればいいのにさ。時間の無駄だろ。でもそれが攻略甲斐があって燃えるのか? 王太子って言うだけで喜んで股開く女なんてかえって
「おい、ジェレミー! いい加減にしろよな!」
「クロード、いつものことですわ」
「ったく……ルクレール家の三兄弟はどいつもこいつも……」
ミラと王太子が何度か健全なデートならぬ家族ぐるみのお出かけを重ねた後、ミラと母親のテレーズは王妃主催のお茶会に招待されたのである。再びアルノーはミラが何かへまをやらかさないかと気が気ではない。
「アルノー、私もついているのですから、そこまで神経質にならなくても……」
「まあ、なるようになれ、だ。それにしても……どうして私らこんなに王族の方々と関わりが深まってしまったのか……全てはミラのせいだ。王太子殿下のお目に何故かとまってしまって、はぁ」
お茶会当日、アルノーはミラにこれで十回目以上も繰り返されたとも言える注意事項を言い聞かせていた。
「お前はな、高貴な方の御前であっても思ったことをポロリと口に出してしまうのだからな、口を開く前に何度も頭の中で反芻しろ! 侯爵令嬢に相応しい発言かどうか考えてから声に出せ! 分かったな!」
「はいはーい、分かっておりまぁーす」
「ハイは一回だ! 黙って微笑んでおれ、テレーズにしゃべくりは任せていろ、いいな!」
「はぁーい」
「ああ、心配で何も手につかんわい……全く」
「アルノー、気に揉みすぎですわ」
お茶会は王妃の居室ではなく、王宮本宮の庭に面したテラスで行われた。他にも大勢の貴婦人や令嬢が招かれているとばかり思っていたミラとテレーズはまず、自分たちと王妃の三人だけということに少々戸惑っていた。
「良くいらして下さいました。テレーズ、お久しぶり。ミラさん、会うのは先日の舞踏会以来二回目ね」
「ご無沙汰しております、王妃さま。どうぞ娘のことはミラとお呼びになって下さい」
「再びお目にかかれて光栄です、王妃さま。お招きありがとうございます」
ミラは思わず他にも誰か来るのかと聞きそうになったが、やめた。どうやら招待されたのは自分たちの二人だけのようである。三人はテーブルを囲んで座った。
「ミラ、貴女を今日ここへお呼びしたのは貴女から直接お話を聞きたかったからなのよ。ガブリエルが貴女にやたら執心のようね。実際どんなお嬢さんなのか私も是非ご本人とお話したかったのよ」
ミラは口を開く。王妃が自分自身に話しかけたのにテレーズに答えさせるわけにもいかないだろう。
「そんな、恐れ入ります。王太子殿下のお誘いには家族皆楽しくご一緒させていただいております」
「貴女最初はガブリエルのこと王太子だと知らなかったのですって?」
「はい。私、舞踏会に参った時、両陛下と殿下にご挨拶申し上げました。それにもかかわらず、その、王宮の舞踏会は初めてのことで緊張しており、殿下のご尊顔もきちんと拝見いたしませんでした。それで、その後広間のバルコニーでお会いした殿下は上着をお召しでなかったですし、ただ『ゲイブ』とお名乗りあそばして、その節は大変失礼を働きました」
王宮の舞踏会どころか舞踏会そのものが初めてだったミラである。しかし、緊張していたとは言い難かった。ただアルノーに言われて大人しくしており、高貴な方々の顔をじろじろ見ていなかっただけである。それにテラスで会った彼が上着を着ていようとなかろうと王太子だと分からなかっただろう、ともミラは思った。
「まあ、おほほほ。そうだったのですか。あの子は何も私には話してくれませんのよ。医師のゲタンが少し貴女のことを報告してくれたわ」
ゲタン・バレット医師はミラが仮病を使って王太子の誘いを断ったとは言っていないだろうが、どんなことを王妃に報告したというのだろう、とミラとテレーズは二人同じことを考えていた。
その後もミラは王妃に巧みに促され、舞踏会での忘れ物を王太子が届けに来たこと、何故その忘れ物をしたかということ、その時丁度レベッカと入れ替わっていたことまで包み隠さず話すこととなった。王妃は終始にこやかに、時には朗らかに笑い声をたてていた。
「今日は貴女とお話できて良かったわ、ミラ。私が想像していた通りのお嬢さんね。テレーズもありがとう」
最後まで王妃は笑顔を崩さなかった。
女性二人を乗せた馬車が屋敷の門をくぐるや否や、アルノーが玄関から飛び出してきた。
「で、どうだった?」
「お父さまったら、私王妃さまの前で粗相なんてしておりませんわよ」
「ではお前、一言もしゃべらなかったのか?」
「いいえ、アルノー。王妃さまはミラの話をそれは楽しそうに聞いていらっしゃいました」
「楽しそうに? 何を話したのだ?」
「王太子殿下と初めてお会いした時のこと、彼が我が家に私の忘れ物を持って突然いらした時のことなどですわ」
「は? で、お前が王宮のバルコニーで靴を放り投げたことや我が家で殿下に最初応対したのが実はレベッカだったこともか? はぁ、もうなるようになれだ」
「まあまあお父さま。私も思ったより楽しかったですわ。王妃さまとお話するの」
「王妃様はお前みたいな野生児が物珍しかっただけだろう。殿下はお前のことをどうお思いか知らんが、きっと王妃さまの命により、もうお前も殿下からお誘いを受けることもないだろうよ……」
「アルノーったら、毎回そんなこと言って。今度こそ最後だっていつも言う割にはミラのことを殿下は何度も誘って下さっているではありませんか」
やはりテレーズの方が正しかったのである。その日の夕方にはもう既に王太子の使いがミラとジェレミーを遠乗りに誘う手紙をルクレール家に届けに来ていた。
***ひとこと***
ミラさん、姑チェックは無事クリアしたようです。
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