交際

第十一話 水上の音楽

「お姉さま、また引いていますわ!」


「そうよ、フロレンス、そうその感じよ!」


「あっ、釣れました! 先程よりずっと大きいです!」




 数日後のことである。場所は王都北外れ、都に流れ込むラシーヌ川に浮かぶ小舟の上であった。釣り針にかかった魚をミラとフロレンスの二人はキャイキャイと言いながら外そうとしている。


「魚臭いです、お姉さま!」


「当たり前じゃないの、魚なのだから」


 その船の反対側では王太子とジェレミーが女性二人に背を向け、無言で釣り糸を睨め付けている。


「ああ、なんでこうなっているの?」


 そうボヤく王太子にジェレミーは冷ややかな視線を投げかける。


「まあミラもあんなに楽しそうだからいいとするか……」


「俺も純粋に釣りを楽しんでいますよ」




 王太子の誘いでラシーヌ川での舟遊びに来ている一行だった。良かったら弟さんと妹さんもご一緒にと言われ、ミラはすぐに快諾の返事をしたのである。


 その日四人で王都外れまで馬車で行き、そこからこの小舟に乗り換えゆっくりと川下りをしていたが、先程から船を止め、釣りに興じているというところなのだ。


 ミラは釣りが初めてというフロレンスの隣に素早く座り、手取り足取り彼女に釣り竿の持ち方から享受し始めたのだった。そして王太子がミラの隣に座ろうとすると小舟は三人集まった側に大きく傾く。


「ちょ、キャー! 舟が沈みそうです、お姉さま!」


 フロレンスがそう叫び、ミラにしがみつくので彼女は王太子に向かって言い放った。


「ゲイブがこちらに来ると三対一で舟が傾くわ。私がジェレミーの側に移動するから、こちらにお座りになる?」


「いや、いいよ、そのままで」


 王太子はしょうがなくすごすごと舟の反対側、ジェレミーの隣に戻って男二人で黙々と釣りにいそしんでいるのだった。




 そして昼時になると途中の中州に上がり、そこで昼食をとることになった。暑い夏の日である、食事の後は王太子とジェレミーはシャツを脱ぎ、ズボン一枚になって川へ入った。それでも膝くらいの深さのところまでしか行っていない。ミラとフロレンスはそれを木陰から眺めていた。


「あーあ、こんな時女って損よね。私も下着一枚になって水に入りたいわ」


「お姉さま、それだけはやめて下さい。家族だけならともかく」


「分かっているわよ。クソ暑い中どうして窮屈なコルセットの中は汗だらだらでも涼しい顔をしてホホホ、なんて微笑んでいないといけないなんて」


「お姉さま、でも今日はコルセットはしていないですよね」


「もちろんしていないわよ。あんな拷問器具、全力で阻止したわ」


 そこへ男性二人が戻ってくる。


「二人とも、足だけでも水に入ってみたら? 冷たくて気持ちいいよ。ほら、おいでミラ」


 王太子はそう言ってミラに手を差し出した。


「じゃあ、少しだけ……フロレンスは?」


「私はやめておきますわ。木陰で涼んでいる方がいいです」


 そしてミラは王太子に手を引かれて水際まで行く。




「ああ、ヤレヤレだぜ。これで少しは殿下のご機嫌も直るかな」


 ジェレミーはフロレンスの横にドカッと腰を下ろした。


「しばらく二人きりにして差し上げましょうか」


 たった十二歳のフロレンスにまで何もかもお見通しである。


「これでさ、水に入った姉上が足を滑らせて、キャーとか言いながら転びそうになるのを殿下が抱きとめて……でも結局二人でバランス崩して倒れて……びしょ濡れになって肌と肌が密着して……初めてかどうか知らねえけどそのままチューってのが王道だろ」


「そうですわね。でもベタすぎませんか?」


「まあな。でもとにかく俺らがここで見張っていたら殿下だって手ぇ出せねぇかもな。ここはひとつ、中洲の探検に出たと見せかけて物陰から観察すっぞ、フロー」


「それでも、舟には船頭兼従者の方もいらっしゃるのに……」


「王族なんてのはな、四六時中従者に見張られているからな、供の者の目なんて気にしねぇんだよ。それこそ、便所も風呂も夜寝る時でさえ見張られてんだぜ。〇〇なんていつすりゃいいんだ? それとも見られながらシてんのか? その方が興奮するってか?」


 ジェレミー、幼い妹に嘘大袈裟紛らわしいことに加え不適切なことを吹き込んでいる。


「まあいやだ……私王族に生まれなくて良かったですわ」


「侯爵家でも色々面倒なことが多いけどさ、王族なんかよりはよっぽどマシだ」




 水辺からはミラのはしゃいだ声が聞こえてくる。


「もう、ゲイブったらあ!」




「フロー、こっち来い。ここならあの二人からは見えねえだろ」


「はい、お兄さま」


「それにしてもな、いつの間にか姉上、恐れ多くも殿下のこと愛称で呼び捨ててんな」


「今朝、殿下が『言葉遣いもそんなにかしこまらなくてもいいし、遠慮なくゲイブと呼んで?』とお姉さまにおっしゃっていました。とろけそうな笑顔で、何だか甘えた様子で」


「で、それに対する姉上の反応は?」


「『そう? じゃあ遠慮なく。私も殿下ってお呼びするの、堅苦しくって』と答えていましたけれど」


「あっさり普通に受け流しか。これがさぁ、殿下狙いの女だったら『キャー嬉しいぃー』って鼻血出してそうだよなぁ、笑顔でそんなこと言われた日にゃあ……」


「何だか勿体ないですね。殿下のアタックが空振りっぽくって。でも私、お二人はとてもお似合いだと思いますわ」


「そうか? 殿下が物好きなだけだろ」


「そんな、お姉さまはお綺麗ですもの」


「口を開かなければなぁ、立派に侯爵令嬢に見える」


「お兄さま、少し酷くないですか?」


「だってそうだろーが、姉上とデートしたくなる要素が何かあるか?」


「……そうですね、あ、今日は釣りの仕方を教えてくださいました。お姉さまは色々物知りです」


「知識が偏りまくってんだよ! 釣り、泳ぎ、剣術、サバイバル術……貴族の女子の釣り書きに書ける項目が全然ねぇし。乗馬くらいか?」


「……でも」


「まあな、姉上と居ると殿下みたいな人は退屈しねえよな、王太子なんて身分が高いだけで超つまらなそうだし。今日はいい息抜きになってんだろーな」




 そしてミラの声が二人の所まで届く。


「いやだわ、ゲイブ! あはは……」


 ジェレミーの言った通りの展開である。ミラが足を滑らせたのか、王太子が彼女の体を抱くようにして抱えている。


「あ、お兄さま! 唇と唇が……」


「ちっ、やっぱ遠すぎて細部まで見えねぇ……」


 野次馬の二人はその瞬間を必死で観察していたが、ミラは警戒したのか慌てて王太子から体を離し中洲の二人の方へ急いで向かって来ている。


 彼女の頬が少し赤いのは真夏の太陽のせいだけではないようだった。




***ひとこと***

ぐふふ、出血大サービス!? 王太子とジェレミー、上半身脱ぎました!


私の中ではこの回のテーマ曲は某懐かしいアニメの主題歌『オレンジミステリー』です。いちいち例えが古くて申し訳ないです……

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