第六話 禁じられた遊び

 そして応接室まで無理矢理連れて来られた偽ミラだった。扉の向こうにはこのサンレオナール王国の第一王位継承者がいらしていると言う。


「旦那さまぁ……私があの、お客さまのお相手をするのでございますか? しかもそれは王太子殿下でいらっしゃるのですか? 絶対無理です!」


「無理でもやれ! 大丈夫だ、絶対ミラよりお前の方がそつなくこなせる! 何を聞かれてもはいといいえだけ言っていれば良い。後は私が適当にあしらう!」


「そんな、旦那さま……」


「お父様だ!」


「は、はいっ、オトーサマッ!」


 そして応接間の客の前に引き出されたレベッカであった。


「殿下、娘のミラを連れて参りました」


(やっぱり殿下っておっしゃったわ……失神してしまいたい……)


 レベッカはいつもミラに口を酸っぱくして侯爵令嬢らしくお淑やかにしろと言っている身である。貴族令嬢の真似事などはお手の物ではあった。無言で膝を折り、客人と眼を合わさないようにレベッカは頭を下げた。


「やあ、先日とは打って変わって大人しいね」


 彼はレベッカの手を取り、甲に軽く口付ける。レベッカは頬が引きつったが、それを微笑みで何とか誤魔化した。先程からテレーズは少々不思議そうな顔で娘の方を見ているが、無言だった。


「まあそこに座りなさい。今日は君が舞踏会で置いていった物を届けに来たのだよ」


「忘れ物でございますか? この娘が何を忘れたのでしょう?」


 アルノーはいぶかしんで王太子に問いかける。無理もない、ミラは舞踏会では誰とも話していないことになっているのだ。


「何があったのだ、ミラ?」


 直接アルノーに尋ねられたと言うことは答えても良いのだろう、とレベッカは判断した。しかし、舞踏会でミラがやらかしたことをアルノーが知ったら更に彼の胃はキリキリと痛みだすに違いない。どうやら王太子は事情を全て知っているようである。ミラが王宮にあの夜残していったものを届けに来たということは……レベッカは包み隠さずに述べることにした。


「あの……扇子と靴を……その、置いてきました」


 そこでテレーズは吹き出している。


「は? お、お前そんなことは一言も。では、あの夜裸足で帰宅したというのか?」


「は、はい……」


 アルノーのことが益々気の毒になってきたレベッカだった。


「何という事だ……」


 流石に王太子の前である。頭ごなしに娘を叱るということはなかったが、アルノーは一気に老け込んだように見えた。ミラとアルノーの向かいに座る王太子はニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべている。


「ルクレール、まあ大目に見てやってくれ。彼女は晩餐会の夜、ある騒動を目撃してね。勇敢にも彼女は不埒なことを働こうとした輩に靴を投げつけてお縄にしたのだよ」


「自分の靴を脱いで投げつけた、と?」


「聞いてなかったみたいだねぇ。流石にミラ殿もお父上には言えなかったか」


 アルノーは額の汗をしきりに拭いている。テレーズは笑いを噛み殺しているようだった。レベッカはミラがけしからん男に靴と扇子を投げつけたことは聞いていたが、流石にその場に居たのが王太子だということは知らなかった。それもその筈である。国王一家に挨拶をした時もミラは顔を上げず、彼女自身もあのゲイブが王太子だとは知らなかったのだから。


「そして殿下自らこうしてお忍びで娘の忘れ物を届けに来て下さったのですか?」


「ああ。ミラ殿にはもう一度ゆっくりとお会いしたいと思ったからね」


「え?」


 アルノーの素っ頓狂な声と同時にレベッカも息をのんだ。


「ルクレールとミラ殿は舞踏会で最初に両陛下と私のところへ挨拶に来ただろう? それなのにその後バルコニーで会った時、彼女私が王太子だと気付いていないようだったのだよね」


「は、そ、そうでございましたか……至らぬ娘で申し訳ありません。殿下と存じなかったとは言えご無礼を働いたかと思うと……」


「それはまあ良いのだ。けれどあのままだと私のことも王太子と知らぬまま、忘れられる可能性大だったからね。ミラ殿はあまり社交界にも積極的に顔を出している様子ではないみたいだし」


「は、いえ……この娘は礼儀作法などもまだなっておらず……あまり人様の前に出せるような貴族の娘とはいい難く……」


「彼女のそんな所も率直でいいなと気に入ったのだよ、私は」


 そう言い、意味ありげな笑みを浮かべる王太子だった。偽ミラとテレーズは思わずこっそりと目くばせをし合う。


たで食う虫も好き好きとはこのことだわ)


 お互い同じ思いだったに違いない。


「少し二人きりで話せるかな、ミラ殿? ご両親の前では遠慮してだか、貴女は先日のように何でもポンポンとおっしゃらないじゃないか?」


「殿下、もうそろそろお昼の時間ですわ。とりあえず昼食をご一緒なさりませんか? ミラと二人でお話するのはその後でもよろしいではないですか?」


 レベッカはほっとした。食事の前にお手洗いでも何でも少し席を外して本物のミラを見つけて入れ替わればいいのだ。王太子はそんなミラもどきレベッカの顔をちらっと見る。二人きりにならずにすんで明らかにほっとしているのが見え見えだったろうか? とにかくテレーズの時間稼ぎ作戦には助けられた。


「じゃあ、ありがたくいただくとするかな。いきなり押し掛けてきて食事まですまないね、ルクレール」


「いいえ、光栄でございます」


 アルノーは早速セバスチャンを呼び、指示を出している。その隙にお手洗いへと、レベッカは応接室を抜け出した。とりあえず、厨房へ向かう。


「料理長、サラダの盛り付けはこれでよろしいでしょうか?」


 グレッグの声がしている。厨房の人間もいきなり王太子に昼食を出せと言われ、てんてこ舞いに違いない。


「今晩出す予定だった白身魚を使うぞ!」


 皆忙しそうだからきっとレベッカに化けたミラなど、追い出されているに違いない。


「誰かサンルームからハーブを取ってこい! そうだな、タイムとバジルだ!」


「じゃあ俺が行きます!」


 そこで厨房から出てきたグレッグとばったり目が合った似非えせミラだった。


「グレッグさん、いえグレッグ、レベッカが先程こちらに来なかった? 彼女今何処か知らない?」


「いいえ、知りませんよ。って、やっぱりまた入れ替わらされたんだな、お前」


 グレッグは周りを見渡しながらひそひそ声で答えた。


「え? バレているのですか?」


「厨房の他の人間には不審がられながらも分かってなかったみたいだがな。お前の偽物はいきなりドカドカ入ってきてさ、大股開いて調理台の上に胡坐をかいて、チョコレートムースの残りを鍋を抱えて木匙から直接舐めだすんだから。お前とはキャラが離れすぎていると思っただけだ」


 料理人グレッグ、それにしても中々鋭い。


「え? でも……」


「そりゃ、分かるさ……」


 そして彼は少し顔が赤くなった。自分のコピーが悪さをしたと思うとレベッカも申し訳ない気持ちで一杯だった。


「そう……忙しいところお邪魔してごめんなさい!」


「喋り方はレベッカなのに、見た目がお嬢様だと調子が狂うな……」


 グレッグはまだ照れた様子でボソボソ呟きながらハーブを取りに裏庭に向かった。


 ミラは一体何処へ行ってしまったのだろうか、もう部屋に戻っているだろうか、それとも庭に……余り長い事席を外すのも良くないし、と困り果てていたレベッカだった。そこにアルノーがやってきてしまう。


「あいつは何処へ行ってしまったのだ? 全く! レベッカ、そろそろ戻らないと殿下のお相手をテレーズだけに任せっきりだ」


「はい……」


 レベッカは観念してアルノーと共に食卓につくことにする。




***ひとこと***

シリーズ全作を通してレベッカへの同情が最高値を迎えるのは、ミラの姿にされた彼女が王太子の前に引き出される場面です。思わず『ドナドナドーナ……』と歌わずにはいられません。

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