第二話 舞踏会への招待

― 王国歴1018年


― サンレオナール王都




 帰宅したアルノー・ルクレール侯爵は頭を抱えていた。窮地に立たされていた。王宮司法院に務めている彼はその日、同僚や他の院の上役たちと定例昼食会に出席したのである。


 今回の昼食会には国王夫妻も来席だった。来月、王太子の生誕祝いの舞踏会が開かれるため、年頃の娘を持つ貴族は皆、色めき立ってそわそわしていた。アルノーも年頃の娘が一名ほど居るが、彼らとは逆に盛り下がっている。国王夫妻に話しかけている貴族たちの会話も特に耳に入ってこなかった。


「来月の舞踏会は盛大に行われるようですね、陛下。うちの妻も娘もそれはもう楽しみにしております」


 王太子は今度23になる文武両道に秀でた方だとの噂である。アルノー自身も何度か公式行事で見掛けたことがあった。今生陛下に顔立ちのよく似た好青年という印象がある。娘を王太子妃候補として、それが無理なら側妃としてでも売り込みたい貴族の気持ちも良く分かるが、アルノーにとってはまるで他人事であった。


(国王主催の舞踏会にミラを連れて行くなど王国中に恥を晒すようなものだ……)


「そう言えばルクレール殿の所もお嬢様が二人おいででしたな。おいくつになられたのですか?」


 ぼぅっとしていたアルノーは向かいに座った同僚が話を振ったのにも最初気が付かなかった。数秒して我に返り、心の中で舌打ちをした。


「は、はい?……上が17、下は12になりましたが……」


(何をコイツ、余計なことを両陛下の前で言いおって……自分の娘は既にどっかの侯爵に嫁がせているからって上から目線で……)


「上のお嬢様はもうそんなお年でしたら縁談の一つや二つあるのではないですか? ご婚約されたという噂は聞きませんが。今度の舞踏会ではお目にかかれますかな」


「いえ、舞踏会へは……何しろ娘はずっと田舎の領地で育ちました上に礼儀作法もなってなく……舞踏会に、それも陛下御主催の会に出席など……」


「それでも貴方とテレーズ様のお嬢様なのですからさぞ美しくおなりでしょうに」


 横から別の貴族まで口を挟んできた。


「いえ、それほどでも……(口を閉じて座って動かなければな!)」


「ルクレール殿は全くご謙遜ばかり」


(そう思うならお前の息子の嫁にでも貰ってくれ! クーリングオフ期間は婚約成立から一週間で!)




 娘がいかに美しくて気立てが良くて、と鼻息も荒くひけらかしてくる貴族達に辟易している国王夫妻にはアルノーのその反応が逆に新鮮に映ってしまっていた。


「そんなに皆が言うのなら、ルクレール、上のお嬢さんを舞踏会に連れて来い」


「私もテレーズのお嬢さまに是非お会いしたいですわ」


 心の中ではかの有名画家の作品『叫び』を真似て絶叫していたアルノーだったが、平静を装って国王夫妻に答えた。


「へ、陛下、王妃様……か、畏まりました」




 帰宅するなりおいおいと泣き出したアルノーはセバスチャンに渡された胃薬を飲み、事情を話したテレーズに慰められている。


「アルノー、貴方心配しすぎですわ。何とかなりますわよ」


「セバスチャン、子供達を呼べ。とにかく緊急五者会議だ」


 要するに家族会議のことである。


「畏まりました、旦那様」


(ご家族全員揃われたら、まとまるものも纏まらないような気が……)




 セバスチャンの予想通り、緊急五者会議は正に船頭多くして船山に上る状態だった。


「……ということで、ミラ、お前は来月の王宮での舞踏会に出席せざるを得ない羽目になった」


「えー、面倒くさーい」


「エー、面倒クサイワー! と言いたいのは私の方だ! 両陛下に直々にお前を連れて来いとおっしゃられて断れるか!」


「お姉さまが羨ましいですわ。私も早く十五になって舞踏会に出たいです」


「フロレンス、お前がミラともう少し年が近ければなぁ……代わりに舞踏会に送り込めるのに……」


 次女のフロレンスはダンスも好きだし、そろそろ恋に恋する年頃だった。礼儀作法もなっている。


「父上、ご愁傷さまです」


「ジェレミーそう言うならお前、女装してミラの代わりに出てくれないか?」


「アルノー、貴方冷静な判断が出来なくなっておりますわよ」


「父上、苦労続きで気でも触れましたか?」


「女装してればな、お前の言う化粧塗りたくった香水ふりかけまくったケバい女どもと踊らなくて済むぞ」


 ジェレミーは貴族学院に十二で入学した頃から、その見目の良さで女生徒や女子職員にしょっちゅう言い寄られるようになっていた。しかし、本人はウザい、ウルサい、香水臭いと全く相手にしないのである。


「は?……だからってどうして俺が招待されてもいない舞踏会にわざわざ女装して出て、ヤローと踊らなければいけないのですか?」


「でもアンタだって女と踊るよりは男と踊る方が楽じゃないの?」


「いい加減にして下さい、姉上。父上も。」


「でも貴方の髪って同じ金髪でも私やフロレンスと違ってサラサラの髪質で伸ばしたらさぞ美しいでしょうねぇ……それにドレスも私より似合いそうだわ」


「そうですよ、お兄さま、髪がとてもお美しいのですから、女装のためだけではなく伸ばせば宜しいのに……」


「人ごとだと思って勝手な事ばかり言いやがって……」


 ジェレミーは以前、長髪だった時にミラとフロレンスに髪を結われたりと好きなように遊ばれたのでその後バッサリと切ってしまい、以来短髪だったのだ。


「はい、そこ! 話が完全に反れておりますわよ」


「ジェレミーはいいのだ、男は何とかなる。性格が悪くて女装癖があろうが、男色でも両刀でも、爵位と経済力さえあれば良縁は降るようにある」


「ですから! アルノー、今はジェレミーの話ではありませんよ。それに貴方たち三人はフロレンスの前でもう少し言葉を謹んでください!」


「私、慣れていますから大丈夫です。お母さま」


「っていうか俺の性癖、勝手に決めつけないで下さい!」


「細かいことはいいのよ、とにかくアンタはド変態ということで。そんな所も含めて家族全員ありのままのアンタを愛しているから」




 こんな感じで夕食の時間を迎えたが、舞踏会対策は全く練られず、暗礁に乗り上げていた。会議は食堂へ場所を移動して続けられる。


「とにかく、ミラが舞踏会に出るのは決定事項だ」


「仮病を使うとかはどうですか? 両陛下も一貴族の娘の出欠なんていちいち気にしておられませんわよ」


「それは私も考えた。しかし、ひょっと王妃が覚えていらして『そういえばテレーズのお嬢さまを見掛けなかったわ、今度お茶会にご招待しましょう』なんて話になる方がまずい」


「そうですね。舞踏会なら一度両陛下にご挨拶して、後は大勢に紛れて大人しくしておけばいいのですものね」


「よし、それで行くぞ。当日は国王一家他、どうしても避けられない知り合いに挨拶をして回った後は人の居ないところで息をひそめていろ、分かったな! その後は即帰宅だ! 異論は?」


「ありません。私もオホホホなんて口元を扇で隠して人と話したくも、下心見え見えの男性と踊りたくもないですし。お料理だってコルセットをこれでもかって言うくらい締められるから頂けないでしょう? お父さま、たまには私たち意見が合いますね」


「たまには、な」


「ミラには新しいドレスを仕立てなければね。あまり華美でなく簡素でもなくほどほどの目立たないようなドレスがいいわね」


 そして中盤ごたごたがあったものの、緊急五者会議は無事終了した。




***ひとこと***

乙女の憧れ、王宮での舞踏会開催ですが……ルクレール一家は完全に盛り下がっています。

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