第51話 Jerry Hooker ジェリー・フッカー(2)


「俺の言っていることがわかるか? つまり俺にもお前にも責任があるってことだ」


「わかんねーよ!」


 噛みつかんばかりに俺に向かって叫ぶのは、メイド服を着たシュマだ。


 俺は普段は人づきあいが煩わしいので小さな山小屋に引きこもっているが、いくつも拠点を持っていて、今いるのはその中でも特に華美でいかにも成金冒険者が勢いで建てた豪邸って感じの家だ(他に金の使い道が思いつかなかった。俺は根っこの部分で小市民的な感性が抜けきらない)。


 豪邸というからには管理にもそれなりの人手が必要で、俺がいない間も常に何人かの使用人を雇って管理を頼んでいる。

 で、そのメンバーにスラムでスリをやっていたシュマが加わったわけだ。


「何でオイラがこんなことしなきゃいけないんだよ……」


「俺から二回も財布をスろうとしたことは百歩譲って許してやるが、俺をはした金でクタラグに売ったのは許せねー。身体で払ってもらうぞ」


「え゛、兄ちゃんそんな趣味があったのか……。確かにスラムにはそういう姉ちゃんらもたくさんいたけど、オイラみたいな子供に手を出すのはちょっと……」


 別の意味で手が出そうになる。


「いいから働け。使用人としての働き方を覚えればもうスリなんてしなくて済むだろ。お前が罪を償う責任があるように、俺も俺で雇用者としての責任を考えてるんだ」


 社会に貢献すれば社会の中に居場所がもらえるなんてのは、卑屈な考えか?

 けれど、人が社会性を持つ動物であるからにはまったく無視もできない。


 まったく厄介な話だ。


 ちなみに、スリをしようとした罪の分、シュマは腕の腱を切られるはずだったし、俺を犯罪者に引き渡した罪が明らかになったら罰金もしくは数年以下の禁固刑のはずだった。


 この世界の刑務所及び留置場は、万引き犯から罪の重い凶悪な犯罪者もごっちゃにまとめて管理するような劣悪な環境で、この小さな獣人の子供が耐えられたとは思えない。


 マジで命を救ってやったんだから少しは感謝してほしいもんだ。


「ほら、次はお茶のおかわりを用意しろ。ポットが空になってるのくらい、主人に言われなくても気付くのがメイドだぞ」


「だからメイドじゃねーよ!」


「無駄だ。お前はメイド服以外を着ると全身に耐えがたいかゆみが走るように催眠をかけられている。おとなしくお茶とクッキーを用意するんだな」


 俺がそう言うと、シュマは悔しそうに礼をすると、部屋を辞した。

 無理やり頭の中に植え付けたメイドスキルはきちんと機能しているらしく、表情以外は完璧な作法だった。


「お前も損な性分だよな」


 クタラグが言った。

 リビングには白虎の谷のメンバーとレイラがくつろいでいる。


 この前の事件の打ち上げといったところか。

 酒もすっぱいエールなんかではなく洒落たワインやシャンパンで、冒険者がダンジョンから生還したあとでする宴会にしてはいささか上品すぎるきらいはあったが。


「俺以外のやつらがどいつもこいつも適当に生きてるだけだ。俺には責任がある。るからには、怠惰は許されない」


「それでニアも助けるのか。助ける意味があるのか」


 俺が渋い顔をしたのは、シュマの紅茶のいれ方が下手だったという理由だけではない。


「お前らがのさばってるのに、あの女だけ捕まえるわけにはいかんだろ」


 ジョーシュを殺したのは他ならぬ、彼の妹のニアだ。

 クタラグと一緒にジョーシュの死体を隠蔽した。

 殺人に死体遺棄の罪は重い。


 衛兵に突き出せば、問答無用でまず死刑だろう。

 しかし、俺には情状酌量の余地があるように思えてならなかったのだった。


 ニアには記憶障害がある。兄を殺してしまったのも不幸が重なった結果だ。

 それをこの世界のこの時代の司法機関が正確に裁けるとは思えない。


 俺がニアを衛兵に渡そうとすれば、恋人のクタラグは死ぬまで戦うだろう。


 こういう時、本当に探偵をやっていて大変だと思う。


 初めはただ、生きるためだった。

 善行を積まなければすぐに俺の命をもうとするアリザラの追及を逃れるため、人を助けるものになろうとした。


 けれど次第に、人のために行動し続ければ、人から必要とされることがわかった。

 みんなから自分の価値を認められたようで嬉しかった。


 まがいものから生じた動機でも、行動に移せば徐々に本物になっていった。


 俺は探偵だ。


 探偵は人を助ける。


 人を助けることには責任がつきまとう。


 俺は、ニアから依頼を受けた。ニアは俺には暴くことしかできないことを知っていながら、それでも依頼を果たすように頼んだ。


 ニアに知恵の霊薬を飲ませた上で、今回の顛末を語って聞かせれば、俺の仕事はそれで終わりだ。

 けれど、それが本当に責任を果たしたと言えるか?


 ちんけな木っ端探偵風情ならそれでもいいのかもな。だが、俺には世界一のダンジョン探偵のプライドがある。

 まだだ、まだ俺にできることがあるのならそれをしなければならない。俺に怠惰は許されない。


 俺はニアに事件の一部始終を語って聞かせた。

 ニアは俺に依頼をしたことを忘れていたが、メモを見て思い出したようだった。

 俺は話してる間、ニアにメモを取らせなかった。


 ニアは再び、黒い涙を流した。

 自分への憎しみと悔恨の涙だった。

 涙は止まらなかった。

 やがて、涙は透明になった。

 純化された悲しみだけが彼女の中にあった。


 悲しみへの特効薬は時間だ。忘却が心の痛みを遠ざける。

 それは誰にでも自然に備わっている機能のひとつだ。

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