第47話 Fuck 荒々しく攻め立てる(16)
『それが道具でも組織でも器官でも、設計通りに作動している様は美しい。そこには機能美がある』
俺が手こずっていることを察したレイラから、俺だけに向けた思念が届く。
テレパシーは現実の体感時間を超越して音よりも早くやり取りされる。
戦いのさなか、一瞬を何百、何千にも分割して俺たちに分配する。
『敵方のは見たくねーよ』
『私が言っているのは貴様のことだ。貴様はよくやっている。何も関係ないはずなのに、自らに課したものを果たすため、限界を超えて頑張っている。私は、それを誇りに思う』
喉が、渇く。
この部屋が暑すぎるだけじゃない。ちょっと不意打ちでウルッと来たのを我慢しようとしているからだ。
『何様だよ、お前。お前に誇りになんて思われなくてもなあ、誰に頼まれなくても俺は俺のため、いつだって頑張るさ』
『何様と言えた立場ではないが、しいて言うならば、私は貴様の相棒だ』
……この期に及んで逃げる気もなかったが、まあ、その、戦う理由があるのはいいことだ。
照れる俺を責めるように、手の内で嫉妬深い剣が暴れ出した。
『わらわが! 汝の一番の相棒じゃ! わらわが一番優秀に機能するのじゃ! よもやぽっと出の女に心動かされまいな!?』
ラブコメっぽいが騙されないぞ、どっちの女も理由さえ見つければ俺の首を断つのに躊躇しない連中だからな。
『わかってるよ。今だってイースメラルダスを殺せるのはお前だけだ。お前が最強の剣だ。これまでも、これからも。俺がそれを知っている』
道具として生まれた命が自分の存在を認めてもらうためには、有用性を証明し続けるしかない。
道具でこそないが、他と違う機能を持って生まれてしまった俺にはその気持ちが痛いほどわかる。アリザラはそんな安っぽい共感なんて求めていないのだろうけど。
手のひらに中和のしようのない痛みが走る。
持ち手を尖った形に変形させたアリザラが俺の手の太い血管を傷つけ、血を吸っている。
アリザラの最大級の愛情表現であり、敵を殺すための事前準備だ。
俺は魔法が使えないが、魔力がないわけではないらしい。
血には魔力がたっぷりと含まれており、魔力の伝導率もよく、呪いや魔術の類を使う媒介にもってこいなのだ。
「アリザラ、斬るぞ」
『うむ!』
言葉は魔法だ。
俺たちには意味と理由があり、言葉がそれを価値と結び付ける。
アリザラの黒曜石のように透き通って黒い刀身に、深紅の毛細血管のような文様が浮かび上がった。
俺の血だ。
一気に血を吸われたせいで、頭のうしろが寒くなる。貧血症状を起こしかけている。だが、倒れない。
倒れないことに意味があると信じているからだ。
白虎の谷は強い。けれど、イースメラルダスは俺とアリザラにしか殺せない。
「責任を果たしに行こう」
『有用性を、誰にも負けない有用性を証明してみせるのじゃ』
忌剣アリザラ、転じて棄剣。
アリザラが寂しがりなのは、本当は捨てられたくないから。
主に値しない振るい手を切り捨てるが、誰とも心通わせたことはなく、本当に価値のある振るい手に自分を手にしてほしいと願い続けてきた。
切り捨てることに躊躇はない。そうあるように生まれたから。しかし、切らずに済むのならそれに越したことはない。
いつしか、切り捨てる側だったアリザラが捨てられる側になった。棄剣と呼ばれるようになった。
捨てていたように見えて、アリザラ自身が捨てられ続けていたのだった。
アリザラにはそれが許せなかった。
切って切って切って、切り捨てた。そのたびにアリザラは捨てられた。
そして、俺が拾った。
特別な存在であり、それ故に必要とされない。
有用性を証明し、自分自身の意味と価値を勝ち取らなくてはならなかった。
棄てられし君よ――世界から見捨てられた俺の手を取り、竜を斬るぞ。
ぶちぶちと音を立てて、ミミックの触手が千切り捨てられた。
廃棄された車をジャンクにして潰す機械のような強靭さで、イースメラルダスはミミックの本体に噛みつく。
ミミックも強酸性の体液を吐くも、先程までと比べるとその抵抗はいかにも弱々しい。
モンスターハウスの魔物たちも随分と数を減らした。
薄暗いはずの洞窟が火竜の血のかがり火に照らされて、ゆらゆらと陽炎を立たせている。
酸素が薄い。俺たちは動き続けてるせいもあって、息が酷く荒い。
イースメラルダスはもう、今噛みついているミミックではなく、さっきから執拗に自分を切りつけている俺たち“小さき者”たちに焦点を合わせようとしている。
ついに、ミミックの外殻が限界を迎え、砕けた。
『震えろ』
視線をトリガーにしたイースメラルダス必殺の熱魔法。
狙いはクタラグ。
飛び出したが、すぐに追いつかれる。
イースメラルダスの眼球は、らんらんと憎しみを炉にくべる悪意のエンジン。もしくは黄色い宝玉。
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