第46話 Fuck 荒々しく攻め立てる(15)
心配して姉に駆け寄ろうとするシンシャの視界と身体の操作をジャック、無理やり動かして背後に忍び寄るミミックの触手から遠ざけてやった。感謝しろよな。
「お前……お姉さまを見殺しにする気か!」
「私は大丈夫よ、シンシャ」
今度はミーシャの言語野をジャックして適当な言葉を吐かせる。ボルゾイ姉妹の思考がいいように自分たちを操作する俺への憎しみ一色になるが、戦闘に支障がなければそれでいい。
アバラが折れて吐血して、でもそれだけだ。手足は無事だし、武器も握れる。まだまだ戦ってもらうぞ。
実際、痛みの大部分を俺が受け持ってやってるんだから、これで大丈夫じゃなきゃ困る。
痛い――痛いけど、トラックに轢かれた時よりはマシだ。
痛みは生き物に備わった機能で、死んだ方がマシだけど、死ぬわけにはいかないという当たり前のことを思い出させてくれる。
「死にてえ~……」
思ってもない台詞も、自分を鼓舞するため。
それを聞いたアリザラがクソ真面目に返事をしてきた。
『大丈夫じゃぞ、耐えきれなくなったらわらわがきちんと介錯してやるゆえ、手足が千切れるまで修羅と踊るがよい』
もー本当マジこいつは、一番身近で付き合いが長いのに、ずーっと俺を殺そうとしてるな。
俺は誰にも殺されない。
俺の死は俺だけのものだ。
誰にも奪わせない。
イースメラルダス、お前に直接の恨みはないし、本当はお前の方が生き残った方が正しいのかもしれないけれど、お前には俺の死のために死んでもらうぜ。
俺はパーティーメンバーに作戦を伝えた。ここから一気に詰める。
超能力者特有の超便利な遅延なき作戦会議。
『俺が動きを止める』
『――できるの?』
俺への憎しみと不信感でたっぷりだったボルゾイ姉妹でさえも、竜の圧倒的な力を前に及び腰だ。
『それでもって、竜の唯一の弱点である逆鱗を特定する。そこを全力で叩くぞ』
『おい、本当にできるんだろうな!?』
クタラグはシーフらしく、うまい話は疑ってかかる習性があるようだ。
まあ、無理もない。
竜の鱗は不死の呪いであり、竜を殺すには実質的にすべての鱗を剥がしてメッタ切りにするか逆鱗を貫くかしかない。鱗は竜の生命の象徴なのだ。
さすがに首を切れば死ぬが、そこまでするならまだ鱗剥がしに精を出した方がマシだ。
言葉を持たない蛮竜ならば逆鱗の位置を特定するのも難しくはない。しかし、本物の竜は魔法で鱗を増幅、再生産できる。
ミーシャとシンシャが宝石に心を隠したように、何重にも不死の鱗で覆った逆鱗に自身の命を封じているのだ。
『まー、白虎の谷なんてSランク未満のパーティーでも、言葉が使えない竜の一匹や二匹殺せたんだから余裕でしょ(笑)』
『殺すぞ』
『次はお前だ』
『『絶対殺す』』
おやおや、評判がよろしくない。俺は本当のことを言っただけなのに。
白虎の谷の連中の記憶をのぞくと、彼らはイースメラルダスのつがいを鱗を徹底的に削り落とす耐久戦で倒したらしい。
だが今回はそうもいかない。本物の竜相手にそんな悠長なことをする余裕はない。
大量の魔核を取り込んだミミックは、馬鹿が考えなしにどこまでもデカくしたような地獄のシャコ貝じみた様相。それが果敢にイースメラルダスに絡みつくも、竜がその前足に力を込めると、俺の身体よりも太い荒縄のような筋肉が盛り上がり、触手を引き千切る。
俺はイースメラルダスの目を見た。
嫌だな。さっきまでの狂気はもうない。代わりに、酷く残酷な冷静さがあった。
イースメラルダスがミミックの殻を正面から殴りつけた。それも、切られた方の前足で。
剥き出しの骨と肉がぶつかり、嫌な音がした。
人間や普通の動物ならやらないが、竜は生命力が桁外れであり、痛みにも鈍感だ。だからこういうことができる。
粘っこい血がぶちまけられ、ミミックにかかった。
血が燃える。
オレンジ色の火花が衝撃と共に飛び散った。
粘性の血は、簡単なことでは落ちない。振り払っても振り払っても消えない火の粉は、どんどん大きくなる。
ミミックだけじゃない。
飛び散った火竜の血が、モンスターハウス全体を燃やしている。
気温はもはや人間の耐えられる限界を超えており、フィルニールの顔色は蒼白を通り越して紫色だ。彼が召喚したウンディーネの結界ももう長くはもたないだろう。
モンスターも、弱いものから倒れていっている。それをミミックが喰らう。仲間の魔核を喰って成長することでかろうじて延命をしているが、これももちろんいい傾向ではない。
「ぐふ、ぐふ、ぐぶぶ」
イースメラルダスが笑った。
トカゲ面でもわかるくらいに悪意に満ちた笑みだ。
イースメラルダスにはわかっている。俺たちが殺してやると思ってることも、一発逆転を狙うなら今しかないということも。
だからこそ万全に逆鱗を隠している。まだまだ竜の鱗は健在で、精神防壁としても優秀に機能している。俺は心が深くまで読み切れない。
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