第45話 Fuck 荒々しく攻め立てる(14)
クタラグが
イルミタイトの衝撃を回避できたのは、俺のテレパスで事前に情報を共有していた俺たちパーティーだけ。
あとの魔物どもは目がどこにあるのかわからないミミックや、強靭な肉体を持つイースメラルダスですらその身を丸めてもがき苦しんでいる。
すぐに攻撃に移れるように、顔を伏せていたボルゾイ姉妹が足に力を溜めた。
この上ないチャンスだが、手負いの獣は恐ろしい。
『待て――』
言葉の虚しいところは、相手に聞いてもらえないと意味がないということだ。
人間の力の進歩はめまぐるしく、電話ができてスマホがみんなに行き渡っても、俺みたいに超能力が使えてもそれは変わらない。
ミーシャとシンシャは俺のアドバイスに聞く耳なんて持たなかった。
しなやかな太ももが一瞬、毬のように盛り上がった。
力の解放――弾けるようにしてボルゾイの姉妹はイースメラルダスの足元に飛び出す。
イースメラルダスの足は巨木にも似て、その不死性を担保する鱗に覆われている。竜の鱗は、鎧であり呪いだ。生半可なことでは傷つけられない。
ミーシャとシンシャは四足歩行をする竜の、右の前足を狙った。
爪で薙ぎ払うだけで、簡単に俺たちを絶命しうる凶悪な武器であり、肥大化した体重を支える重要な柱だ。
敵の長所と短所はすぐ近くにあることを見抜いた戦士としての慧眼は、俺からしても尊敬に値する。
ミーシャが右、シンシャが左に回り込んだ。すり足の円運動で砂ぼこりが舞い、地面が軋るような音を立てる。
ボルゾイ姉妹は自分たちの後頭部を相手にさらけ出すほど、上体を思い切りうしろへとねじっていた。力を溜めている。
尋常の戦いでは決して見られないような、相手がただ斬られることを待っている時にしかできないような構えだった。
「「ヂィッ」」
振り抜いた。同時だった。
ひゅる~る~、という悲しげな口笛めいた音は、姉妹が残心の構えを取ってから遅れて聞こえた。
イースメラルダスの右前足は骨まで断たれ、前腕の途中から先が完全に切り離されていた。
一瞬、ガラスのような断面が見えた。
優れた剣士が優れた武器を使って初めて為せる異形の偉業。ミーシャとシンシャは見事成し遂げたのだった。
血が噴き出た。
火竜の血は普通の生き物では耐えられないほどの熱を持ち、おまけに可燃性である。
ミーシャとシンシャは血を浴びないように軽く下がったが、それがよくなかった。
「ッッッッぃぎいいいいい!!!」
あまりの痛みにイースメラルダスが狂った。
他の生物を圧倒する竜の蛮力のままに、メチャクチャにのたくった。
ものすごい勢いで水を流したホースみたいに、とげが無節操に生えた尻尾を振り回す。
かすっただけのゴブリンが肉塊に変わった。
天井に刺さって亀裂が走った。
太い尻尾の腹にミーシャが打たれた。
「お姉さま!!」
ミーシャが血を吐いた。肋骨が折れて内臓を傷つけている。
医療の専門家じゃないから詳しいことはわからない。でも、よくないのはわかる。
激烈な痛みが俺にフィードバックされた。
本来なら思考を共有している全員でこの痛みを分かち合うことになるのだが、俺はすべて自分のところで痛みを抑え込んだ。
痛みは生物が生き残るための本能だが、場合によってはそれが戦いの妨げになる。
今の俺は思考の中継役で、直接のアタッカーではない。だから俺は戦いの最前線にいる必要はないが、逆に少しでも他の連中の動きが痛みで鈍るようなことがあってはならない。
痛みで動きが鈍れば、またさらに傷を負う。傷を負えば、そこをえぐられる。どんどん傷口は大きくなり、リソースは出血し続ける。ジリ貧で、やがては全滅だ。
それはあってはならない。
だから、俺のしていることは正しい。間違っていない。
そうでも思わなきゃ、この痛みは耐えられないぞクソッ痛えええええ、死ねっ燃えトカゲめ!
ミーシャはよろけたが、まだ立っている。やはり優れた戦士だ。
でも馬鹿だ。大げさにステップバックしてイースメラルダスからさらに距離を取った。最初っからそうしろっての、やっと気づいたのかよ。
狂った敵は厄介だ。
メチャクチャに腕を振り回して当たるラッキーパンチは、そこに意図がない分、心が読めるなんてチートを使っても回避が難しい。
あれだ、格ゲーのプロが初心者のガチャプレイに意外と手こずるみたいな感じ。
それだけならまだいいが、何度も繰り返す通り、人間と竜では生物としての格が違いすぎる。
俺たちがどんなに優れた戦略で相手の意思を翻弄し、イースメラルダスの四肢を切り落とそうと、向こうの弱パンチ一発で簡単に戦況はひっくり返る。
端的に言うと、格上相手に調子乗るな。パーかよ。
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