第48話 Fuck 荒々しく攻め立てる(17)
クタラグのマントが一瞬で燃え上がる、が、中にいたのは人ではない。フードを目深にかぶせられたオグ・トロールだ。
「ィギィヒィイイイッ!!」
哀れなオグ・トロールは骨まで燃え尽きて、うずくまるように死んだ。
変わり身だ。本物のクタラグはイースメラルダスの視線の先にはもういない。
よく見れば体格が全然違うのだが、竜からしてみれば人型の個体差なんてわかるはずもないのだろう。
サポート上手のクタラグが自身のマントに仕込んでいたのは、魔呼びの鈴。
魔物の注意を引く一定の周波数の音を出すアイテムだ。竜とてその習性には抗えない。俺たちパーティーの中からクタラグを最初に殺そうと選んだのも、誘導されてのことだ。
これでクタラグの手札は品切れ。しかし、やることはやりきった。
「小癪な!」
イースメラルダスが視線を他のメンバーに向けようとするも、それは失敗に終わる。
ふいに鎌首をもたげていたイースメラルダスの頭が、がくんと落ちた。
ミーシャとシンシャ。とびきりの首刈り人。
抜群のタイミングで、イースメラルダスのもう片方の前足を切り落とした。
火炎竜巻のように燃える血が辺りにまき散らされるが、今度は二人とも当たらない。
傷口はもう再生を始めている。
トカゲの尻尾切り以上の生命力には驚かされるが、本題はそこではない。
痛みは生物にとっての危険を知らせる重要な機能だ。だから、生命力が有り余っているドラゴンは痛覚が鈍い。
しかし、本来は本能をつかさどる爬虫類脳が発達しているため、痛みを感じる機能がないわけではない。
多少刺されたり噛みつかれたり酸をかけられたりした程度ではびくともしない竜の脳も、四肢を半分も切り落とされればさすがに警鐘を鳴らす。
痛覚が俺のマスターキーだ。
痛みにリソースをさかれて、イースメラルダスの心理防壁が揺らいだ。
俺はイースメラルダスの脳にダイブしていく。
無数の記憶や思考が、泡のように浮かんでは消えていく。
ある程度まで進むといまだに健在の心理防壁に突き当たるが、俺にはここで充分だった。
他人を見るということは、自分自身も見られるということだ。
浮かび上がる記憶の中には、俺のものもあった。
よく磨かれたビー玉みたいに、映り込んだ景色が見える。
そうだ、魔王を倒した時もそうだった。
魂をつかさどる転生の女神と戦った時も。
やつらは特別だった。
生まれながらにして死なない存在だった。
ドラゴンのように格別の再生力を持つとかそういうレベルではなく、ある意味、生き物ですらなかった。
状態としての死が存在しないのだ。
ここら辺は非常にわかりにくい観念的な話になるので例えて言うと、RPG後半のボスが毒や麻痺にならないのと同じ。状態異常としての死に、ならない。
どれだけ相手の体力を削っても無意味。死なないのだから倒しようがない。
俺以外は。
やつらは特別だけれど、俺はもっと特別だ。
俺は最強のエスパーで、記憶や思考をダイレクトに相手の脳に伝えるテレパシーの能力がある。
加えて、俺は交通事故で一度死んでいる。
魔王も女神も、トラックに轢かれた経験はないだろう。俺はそれを伝えることができる。
不死の存在が死の記憶を精神に刻み込まれると、どうなるか。
なんと、死の概念が付与されるのだ。
詳しい原理はわからないが、彼らが死なないのは概念として完全に無垢な状態であるからで、そこに何らかの手段で干渉されると不死性が失われてしまうのだ。
水盆に映った月を砕くことはできない。
この俺、ジェリー・フッカー以外は。
触れられないものを壊せる。
ムーン・レイカーの二つ名は伊達じゃあない。
イースメラルダスの場合はもっと話は単純だ。
俺は魔王や女神にそうしたように、イースメラルダスにも俺が経験した痛みと死を投影してやった。
巨大な鉄の塊に轢き潰されて、全身がメチャクチャになる感覚。
鈍感なトカゲの脳みそでは味わえない、フレッシュな苦痛だろう。
本当に命の危険を感じたのも初めてだろう。
イースメラルダスは先端を失った両の前足で、生娘のように首元をかばった。
それは命の危機にさらされたからこそ表れたとっさの行動で、だからこそどうしようもなく本当のことだった。
絶死絶命の急所を俺に悟られたことを、イースメラルダスも悟った。
イースメラルダスは苦し紛れにブレスを吐いた。それで自分の失態をなかったことにしようとするかのような必死さだった。
まるで炎の津波だ。
熱波が俺たちに襲いかかる。
「させるか!」
フィルニールの顔の穴という穴からは血が噴き出していた。しかし、彼は役目を果たした。
ウンディーネの障壁は、イースメラルダスが吐いた火のブレスを最大限に軽減した。
水と熱がぶつかり合い、異様な音を立てて大量の蒸気が発生する。
俺も脳を酷使しすぎている。
陽炎と眩暈の区別がつかない。けれど、決めるならここだ。
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