第37話 Fuck 荒々しく攻め立てる(6)


「水底漂うウンディーネ、グルグル回る、グルグルと!」


 時代遅れの詠唱はエルフ式だ。


 イースメラルダスが気付いた時には、横から人ひとりを簡単に飲み込むほどの水の渦が彼女を直撃していた。


「どうだ、私は古き大樹のフィルニール! 竜が怖くて逃げていると思われては困るな! お前の首から下をすべて金に換え、買った豪邸に頭をはく製にして飾ってやるぞ!」


 マジで現在進行形でビビってるくせに、威勢のいいことばっかり言うエルフだ。


 俺は皮肉に笑った。そこそこ付き合いが長いし、心だってのぞいていたが、フィルニールがここで戻ってくることまでは読み切れなかった。その自嘲だ。


 思っていたよりも、誰にだって美徳と呼べるものがあるのかもしれない。


 白虎の谷の連中も笑っていた。信頼を上回るものを見せられて、彼らの心が奮い立ったのがわかった。


 とはいえ、この隙を逃す手はない。


 イースメラルダスから熱したフライパンに水滴を落としたような剣呑な音がした。

 水の塊は竜の発する熱で瞬時に沸騰し、触れるだけで火傷しそうな蒸気が辺りに立ち込めた。


 俺はシャボン玉のような力場で仲間たちを包むと、そのままイースメラルダスの首級をめがけて突っ込んだ。


 しかし、仲間、仲間、ねえ……。

 馬鹿げた響きだが、悪くないように思うのは俺が弱くなったからか。


 俺は魔王も女神も、そこに至るまでに立ちはだかった連中の誰も彼もを実質ひとりで倒してきた。

 元の世界でも俺はひとりぼっちだった。

 そのことを悪いと思うことすらできないほど、ひとりだった。


 もし、この世界に俺に匹敵するほどの精神魔導士がいたら、俺以上のテレパスの使い手がいたら、俺はそいつと心の明るい部分も暗い部分も分かち合えただろうか?

 俺はどうしても、そうは思えないのだ。


 孤独は一種の才能だ。

 なろうとおもってなれるものじゃない。


 横から出てきた誰かがそうやすやすと気軽に立ち入れるような場所じゃあないのだ。


 けれど、俺は今、思考の糸で繋いだ仲間たちに心を開いている。

 竜を狩り、失墜させるという目的のためとはいえ、ひとつになっている。


 投網を投げるようにしてフィルニールにも思考のリンクを繋いだ。


 白虎の谷の連中にも無茶苦茶をされたが、俺はもうそんなに怒っていない。むしろ意外といいやつらなんじゃないかと思いつつある。


 レイラも、変なやつだが一緒に仕事をする上でかなり楽しくやれる部類だと思う。


 竜は強い。

 白虎の谷とレイラたちだけではまず無駄死にだろう。


 本当はこいつらの戦いだから俺はマジで関係がないわけだが、俺はもうこいつらに結構入れ込んでしまっている。


 も~しょうがないな~、ってそんなノリで命を懸けちゃう俺はもう大概この世界に染まってる。

 孤独どうこう以前にとにかく物騒なんだ、異世界ってのは。


 自意識芸やってるのが馬鹿らしくなるぜ!


『アリザラ!』


『応よ!』


 蒸気で見えないが、俺の超能力を甘く見ちゃいけない。

 分厚い壁なんかは無理だが、透視機能くらいはお手の物だ。


 しゅーしゅーとすごい音。


 真っ白なヴェールの向こうに、普通の人間なら皮膚がただれるほど赤熱した鱗が体表に現れているのが見える。


 アリザラがひらめく。

 キンキンキン、と異形の金属音。爪で迎撃するイースメラルダス。だがそれでも魔剣の疾駆は止められない。


 一呼吸でさらに三連撃を与える――喉を横薙ぎ/心臓に突き刺し/股間を斬り下ろす。


 蒸気に血が混じり、視界が真っ赤になる。


 やはりアリザラは別格の剣なのだ。


 俺が送信した位置情報をもとに、白虎の谷とレイラが攻撃に加わる。

 しかし、それでもまだ足りない。斬っただけでは竜は死なない。生体としての限界があるとはいえ、それでも生物としての格が違う。

 巻き戻しのように傷が再生される。


 立ち込めた蒸気がもう晴れてきた。


 心理防壁が一気に広がる――イースメラルダスの表層意識が攻撃の予備動作を取ったのを察知した俺は、叫んだ。


「下がれ!」


『震えろ』


 俺たちが一瞬前までいた地面一帯が、イースメラルダスを中心にドーナツ状に赤熱して吹き飛んだ。マグマの突沸とっぷつじみた光景。


 イースメラルダスが視線を飛ばす、飛ばす、飛ばす。

 そのすべてを予測し、丁寧に視線の先から仲間を外していった。


 このまま避け続けても、俺がイースメラルダスの首を斬り続けてもほとんど千日手だが、辺り一帯があちこち燃えだしてる分、純粋に熱に弱い生き物であるこっちの方が不利だ。時間が経てば経つほどよろしくない。


 スラムが燃えている。


 大した豪邸でもなかったが、あの木材を涙ぐましく寄せ集めたような家々のひとつひとつに、住んでいる人がいたのだ。


 それがどうにも気になる。


 乾いた木は簡単に燃え広がり、真っ赤な舌をひらめかせ、饒舌に黒い煙を吐き出した。


 火がどんどん広がる、スラムを丸ごと飲み込んでいく。

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