第35話 Fuck 荒々しく攻め立てる(4)
ミーシャにシンシャ、そしてクタラグは俺の意図を正しく汲んだ。
戦闘を生業にするものが仕事を前に漂わせる、高揚と慣れのにおい。熟練したチームのそれは、ウィスキーの樽を思わせる。
「お前を燃やす。白い騎士、そいつも燃やす。そして愛しい方の仇の心臓を喰う。復讐を果たす」
もう少し時間がほしい。
このまま戦っても順番に殺されるだけだ。
冒険者の強みはパーティーを組んだ集団戦闘にある。
ミーシャとシンシャが俺の超能力を阻害する宝玉を地面に落とすと、踏みつけて砕き割った。それでいい。
俺は巨大な絨毯の模様を編み上げるような繊細さで、白虎の谷メンバーとレイラと俺の思考を結び付けた。
生物の本能として生への渇望は欠かせないものであり、圧倒的な捕食者を前に生きるという利益が共通しているため、さほど難しいことではなかった。
『あの女は人間の格好をしているが、正体は竜だ。視線を媒介にした加熱魔法を使う。あいつの前でチンタラしてると、全身の血を沸騰させられて死ぬぞ』
俺は敵の情報をなるべくシンプルに白虎の谷のメンバーに伝えた。
クタラグはわずかにあごを引くことで了承の意を示し、ミーシャとシンシャは全く同じタイミングでつまらなさそうにしっぽを振った。
それでも完全に戦闘モードに入った赤い女を相手にするには少し弱い。隙がほしかった。
赤い女は竜であり、人間や下位の魔物とは精神構造が異なるため心が読みにくい。
おまけにどういうわけか(竜に特有の俺が知らない防衛機構があるのだろう。クソが)前回俺に心を読まれたのを察知していたらしく、対策として心理防壁を張り巡らせている。
このファイアウォールを突破するには、もっと意識を他に逸らす必要があった。
都合よく隕石とか落ちてこないかな。
俺は捨て鉢な気持ちでアリザラを抜いた。
いつだって、配られたカードで勝負するしかない。元の世界でもそうだった。いつでも誰でも、生けとし生けるものに普遍的で平等なルール。少なくとも、こっちの世界では俺は自分のカードで勝ってきた。
俺は他の連中と違って、死んだってかまわない。だが、巻き添えで殺されるのは気に食わない。
赤い女がスラムにやって来る過程で、燃やされた家屋が飛び火して住民たちがわらわらと出てきた。
混乱と熱狂があるが、それらは奇妙に俺たちと赤い女だけを置き去りにして加速している。音が遠い。
赤い女が体の横で手の指を開くと、白魚のような女の皮膚がめくれあがって獰悪な竜の爪が露出した。
こちらに向かってゆったりと歩いてくる。
殺気と体表から立ち上る人外の熱で、うしろの景色が歪む。
二十歩の距離。十九、十八――。
そうだ。その位置がいい。
「お前が人間の姿を取っているのは、ダンジョンの結界の網目をかいくぐるため、人間という矮小な存在に復讐するにあたって己に課した制約のためと自分では思っているかもしれないが、それは違う」
赤い女の足が、俺たちから十五歩ほど離れた位置で止まった。
実際はもう拘束を解かれているボルゾイ姉妹とクタラグ、そしてレイラからしても斬りかかるのには少し遠い。
もちろん、赤い女からの攻撃も確実ではない距離だ。
「お前は竜でいることに耐えられなくなったんだ。何故ならお前が言う愛しい方とやらは、竜によって追放されたから」
高度な知性を持つ生物は社会を構築する。一体ごとの力が強く、縄張り意識が強い竜でもそれは例外ではない。
社会があれば差別が存在する。未発達な文化圏ならなおさらだ。
「俺は見たぜ。俺たちが蛮竜だと思っていたものの頭に金属片が埋まっているのを。竜が自分たちよりも劣った蛮竜を仲間として認めるだなんて聞いたことがない。これは推測だが、お前のお相手は蛮竜などではなく、脳に障害を負って言葉の力を失った竜だったんじゃないか?」
生物は脳が破壊されたからといって、必ずしもすぐに死ぬわけではない。確かに脳は生命活動を維持する上で欠かせないが、一部が破壊されても生きていた人間の例は存在する。
人間でそれなのだから、生命力が地上に存在する生物の中でもトップクラスの竜だったなら、多少脳を破壊されたところで死なないのも道理だろう。
だが、何もかも元通りというわけにはいかない。
ロボトミー手術が精神障害の治療に使われたように、脳の損傷は人格や身体の機能に影響を及ぼす。
“愛しい方”は人間によって頭部に怪我を負わされ、武器の破片がそのまま頭蓋骨の中に残った。
金属片は脳に損傷を与え、おそらく言語中枢に障害が発生したものと思われる。
この世界では言葉は魔法だ。意味と価値を結び付けることが言葉持つものにのみ許された特権であり、ある種の
そして、この世界では文化や医療技術が未発達なため、精神障害や脳疾患への理解が圧倒的に不足している。
言葉がつかえなくなったものは、排斥される。強さによって価値が決められる竜の中ではなおさらだ。
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