第34話 Fuck 荒々しく攻め立てる(3)
赤い女。
その正体は竜。
蛮竜の死骸を喰って、あれから数日経ってもにおいが染みついて取れていない。
何故、やつがこの階層にいる?
下層に向かうほどダンジョンに生息する魔物は強くなると言ったが、強い魔物がどうして上の階層にまで出張って来ないのかというと、網目のような結界がダンジョン内には張られているからだ。
これは神や誰かが構築したものというより、植物の葉が日光を浴びるために重なり合わずに正確な模様を作るような、自然の摂理とでもいうようなものだ。
網目は、存在級位が大きなものほど捕らえて離さない。結界を破壊できるほどの力を持ったものは稀だし、そういった魔物は知性も高いためにわざわざ上階層まで上がってこない。
本来なら竜は結界に阻まれて、スラムなんて上の方まで来ることができないはずなのだ。来るにしても、時間をかけて網目を拡張していく必要がある。蛮竜もそうして迷い込んだのだろう。
だが、早すぎる。第五階層に結界があるため、以前遭遇した第八階層からスラムがある第二階層に来るまでも、赤い竜の存在級位ならば最低でも一ヵ月はかかるはずだったのだ。
「……転移パネルだ」
レイラがぼそりと言った。
ダンジョン内には無数のトラップがある。その中には、踏むと別の階層にワープさせるトラップがある。
だが、そんな都合よく俺たちのいる場所に竜が来るものか?
「ここはアスフォガルのスラムだぞ。田舎者みたいなことを言ってんなよ」
クタラグが言う。わずかに声が震えているのは、竜の気にあてられたか。
「スラム街の連中はトラップを自分たちの都合のいいように勝手に利用している。お前も見ただろう」
確かに。さっきもゴブリンの肉を馬鹿丸出しの方法で焼いているのを見た。あれにもダンジョン内のトラップが使われていたはずだ。
「下層からスラム街まで直通で戻って来れるサービスは儲かるんだ。そこの
メチャクチャ自業自得じゃんよ。
階層ランクに見合わないモンスターがポップすることになるし、間接
スラムの連中みたいに金が払えないやつらは最悪奴隷落ちもある。
貧困の悪いところは学ぶ機会を失うことで、学ぶ機会を持たなかったものは当たり前のことがわからない。
当たり前のことがわからないと、常識的にやっちゃいけないだろうな~ってところでブレーキではなくアクセルを踏むので酷いことになる。みんなは絶対真似するなよな。
「我に捧げるために縛っておいたのか? 小さき者にしては気が利くではないか」
結構な距離があるはずなのに、声が響いて俺たちのところまでしっかり届く。
さすがは本物の竜だ。ただ声帯を震わせただけで、空気に魔力が乗る。
しかし、参ったな。
やっぱり白虎の谷はギルドに引き渡さないと駄目だよな。
恨みがあるから殺していいってノリがまかり通ってたらヤバいもんな。
でも、ここで下手すると俺も殺されるんだよな。嫌だなあ。
「おいおいおい、横から出てきて何言ってるんだアンタ。俺らの方がこいつらに先に話があるんだが」
相手の力量を見抜けない小物作戦。
最低限の時間稼ぎ。あわよくば、テンション下がって帰ってくれ。
『善行ポイント五点減点じゃ。何と情けないことよ……』
うるせーぞ。
俺はアリザラを鞘の上から叩いて黙らせた。
「お前は――我はお前を覚えているぞ、小さき者よ。我と愛しい方の逢瀬を邪魔した羽虫め。あの時は見逃してやったが、死にたいと言うのなら今度こそ叶えてやろうではないか」
うわ最悪。覚えてるのかよ。
普通「小さき者よ……」とか言うくらいだったら人間ごとき一々個人を認識してないパターンじゃないの?
竜のくせにみみっちいやつめ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はこいつらなんかと関係ないんだ! 頼むから殺さないでくれ!」
「駄目だ」
駄目かー。そっかー。
レイラやアリザラの失望と軽蔑の念が、心を読まなくても俺に向けられているのがひしひしと伝わる。
まあそれは仕方ないが、本題ではない。
誓約の縄の結び目をほどくキーワードがこの小物ワードだったのだ。
『殺さないでくれ』
俺はギルドに引き渡す時にも、こいつらに与えられる罰が過剰に重くなるようだったら、この言葉を最初から口にするつもりだった。
俺は自分の良心に従って行動する。そうでなくては耐えられない。
後ろめたさのない行為を積み重ねなければ、いつか自分が自分でいることを許せなくなってしまう。俺はそういう男だ。
つまるところ、俺はこの世界の司法制度をそこまで信用していないのだった。
レイラは場合によってはこいつらを殺すだろう。証拠隠滅のために俺たちを殺そうとしたわけだからな。
ただ、俺はそこまでしなくても、と思わないでもない。未遂だったわけだし。
フィルニールのお友達が死ぬのをほったらかしたままにするのは、どうにも夢見が悪い。
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