第33話 Fuck 荒々しく攻め立てる(2)


 レイラはもしかしたら、人間に生まれたくなかったのかもしれない。

 何かひとつの機能のために存在する装置であったのなら、それが彼女の幸せだったのかも。


 ならば最初に会った頃に聞いたアリザラについての質問は、自分自身がどこに向かうべきかを知りたかったのか。


 多少読めたところで人の心は複雑怪奇、まさに灰色の脳細胞が作る迷宮だ。俺は野次馬根性丸出しの詮索を途中で打ち切った。


 俺がいかに天才エスパーだからと言って、他者のすべてを解きほぐすことができるなんて傲慢からは、速やかに距離を置かなければならない。用心を忘れた冒険者は、すぐに死ぬからだ。


 そう、俺は元冒険者。この物騒な世界でどうやって自分が今日まで生きていたのかを知っている。やるべきことをやらねば。


 レイラにボコられて動けないでいるボルゾイ姉妹を手早く後ろ手に拘束する。

 クタラグは屋根から落ちた衝撃で気絶していた。やりやすくて結構結構。


 取り出したのは紫の布に同色の糸で刺繍が入れられた紐――誓約の縄だ。

 誓約の縄は一度結ぶと、事前に決めたキーワードを言うまでは絶対に結び目がほどけないという魔術がかけてある。

 無理に切断してしまえば、縛られていたものも破壊される。

 俺やレイラのような仕事をしていれば必須品と言えるアイテムだろう。


 拘束はするが、まったく動けないようにはしない。こいつらにはまだ役目がある。


 冒険者稼業はとにかく荒っぽいので、ギルドに全権委任されてる俺と迷宮検査局の中でも上等検査官のレイラに手を出した時点で正当防衛で死んでいてもおかしくないのだが、あえて生かした。


 赤い竜との今後のやり取りにおいてこいつらがいないとお話にならないのだ。


 レイラが白虎の谷の連中の肩を砕こうとするのをなだめて、頭を抱え込んだ。


 痛みや気絶状態で精神に防壁を張る余裕がない今の内に、俺から逃げ出さないような催眠をかけておく。

 俺との距離がある程度離れると、根拠のない不安でたまらなくなるようなスイッチをしかけた。


 認知が歪んだ人間は行動にも影響が出る。当たり前のことを当たり前だと思えないこと、異常なことを当たり前だと思い込んでしまうことは恐ろしいことだ。


 俺にしか見えない世界があり、他の人は違う世界が見えているのかと思うと中々背筋が冷える。


 俺は超能力が使えることを隠しているわけじゃあないが、ベラベラ言いふらすのも何か違うと思うし、何より面倒だ。


 いや、違うな。


 俺は他人をすべて潜在的な敵として見ているのだ。


 素質は無意識の才能であり、何ができて何ができないかによって人格は形成される。

 俺は他人を自分の目の届く範囲で管理したいと思っているし、そのために切り札を隠し持っておきたいのだ。

 卑しく、身の程知らずなことだ。


 俺は自分の限界を正しく知らなければならない。


 頭三つ分ほど大きくなったレイラを見上げた。何故か甲殻を解除しようとしない。


 俺はレイラに勝てるか。


 変身していない普通の人間態ならばお話にならないが、この白騎士形態では、純粋な力の差を感じてしまう。

 レイラは強い。もしかしたら、魔王よりも。


 魔王と俺は正直なところ相性が良かったから勝てた部分が大きい。


 魔王軍の侵攻がアッカーソン家の領地にまで及んでいたら、今頃勇者と呼ばれていたのはレイラだったのかも。


 レイラのことは嫌いじゃない。仕事仲間としてこれからもそこそこ上手くやっていけると思う。


 だから、やらない。


 やらないけど……。


 俺の心の震えにアリザラが反応した。


『やるか? 汝の敵はわらわの敵よ。会う敵すべてを斬って斬って斬り伏せて――いつか汝が道をたがえたならば、その時はわらわが心の臓腑をえぐってやる故、安心するがよいぞ』


「何にもよくねーよ」


 地面につばを吐きたい気分だった。やらないけど。これでも俺は清潔な世代なのだ。


「どうした?」


 レイラの問い。

 きょとんとしているのが人骨で建てた塔みたいな鎧越しにもわかる。


 アリザラとの会話はどうしてもひとり言のようになる。それを説明するのも面倒くさい。


「何でもない。それよりこいつらを上まで連れて行こう。安全な場所で尋問して、それから赤い竜への対策を――」


 俺の言い分を遮るように、スラムのメインストリートの方から悲鳴が聞こえてきた。


『構えろ!!』


 アリザラに言われるがまま、剣先がやや下のかすみの構えを取ると、悲鳴がした方角からものすごい勢いで人が飛んできた。


 切ろうと思って切ったのではない。


 ただ、あまりにも切れ味が鋭いアリザラにあまりにも速いスピードでぶつかったため、哀れなスラムの住人は胴体の部分で真っ二つになって俺の左右に飛んでいった。


 風圧でフードが脱げ、あらわになった俺の顔に大量の血が飛び散ったが、無意識の内に展開しているオーラの膜がビニール袋のように大惨事を防いでくれた。


 あまりにも残酷なありさまで、せめてアリザラのところにたどり着く前に彼が絶命しており痛みを感じないでいてくれたら、と見当違いな祈りを浮かべてしまうほどだった。


 そして俺は血のにおいを嗅いだ。


 俺だけではない。レイラも甲殻越しに、ミーシャとシンシャのボルゾイ姉妹も犬獣人の特性で以て敏感にそれを感じ取っているのがわかった。クタラグなんかは、血のにおいで目を覚ましたくらいだ。


 赤い赤い、鉄錆のにおい。


 俺とアリザラが切った人の血ではない。

 もっともっと濃いにおいだ。


 死んだ蛮竜のにおい。たらふく喰って、吐く息まで臓物のにおいに染まっている。


「見つけたぞ。愛しい方を殺した者ども。髪の一筋すらもこの世に残さん」


 赤い女。


 その正体は竜。

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