第25話 Hook 釣り(4)
*
「次はどうする?」
「引き続き白虎の谷のメンバーを追う。槍使いのアデル、剣士のミーシャとシンシャ姉妹、シーフのクタラグ。フィルニールはもう身を隠したはずだ」
「わかった」
そう言ってから一週間。
何の手掛かりもないまま、時間だけが過ぎた。
ひと月で解決してみせるとフィルニールには言ったが、どうも雲行きが怪しくなってきた。
心がくすぶりそうになる。自分一人で考え込んでしまう人間の悪い傾向だ。この手のやつには、定期的な換気が欠かせない。
俺はここ数日ずっとそうしているように、大通りに歩を進めた。レイラとは別行動だ。
何の当てもないというわけじゃあない。
人が集まる場所では、色んな思考が飛び交っている。俺にとって人の考えはもつれ合った何本もの糸だ。思考は記憶に結びついており、正しくときほぐせば望んだ情報にアクセスできる。
聞き込みよりずっと有用な、けれど俺にしかできない情報収集方法だ。
迷宮都市で最高の探偵ということは、この世界で最高ということだ。俺はブランドの価値を下げるつもりはない。その俺が、ここまでやっても見つからないというのは、どうやら残りのメンバーはフィルニールほど甘くないようだ。
俺は上着のフードを深くかぶった。顔に影がさして、視界が狭まった。深く集中するために必要なことだった。
フードの内側に施された複雑な文様の刺繍が、俺の力に呼応して青白く光を放った。刺繍は上着の裏地全体にわたり、俺の集中力を高めてくれる。
正直、財布を盗まれるより上着を盗まれる方が痛いくらいの値段がするのだ。
人の思考は本人が思っている以上にとりとめがなく、同時並行的にいくつものタスクが処理されている。俺がもつれた糸に例えるゆえんだ。それを何十人、何百人と読まなければならない。
もちろん、つまらない小説が最初の数行で馬脚を表すように、関係のない思考、関係のない人間はすぐにそうとわかる。わかったらそいつは検索から除外する。
白虎の谷、アデル、ミーシャ、シンシャ、クタラグ――どれかの単語がヒットするように検索。
次、次、次。
脳が熱を持つような感覚。眩暈がする。
歪んだ視界に合わせるように、身体が傾いた。
「おい、前見て歩けよ兄ちゃん!」
ふらついた拍子に、誰かにぶつかった。
非難するような口調に甲高い声。
しかし、当たったのはずいぶんと小さくて軽い感触。
「……お前か、シュマ。何度でもくれてやるとは言ったが、昨日の今日では欲張りすぎだ」
「な、何でオイラの名前を知ってるんだよ!」
以前見逃した、スリの子供だった。
今度は財布は渡さない。金の使い方は子供の頃から学ぶべきだ。貧しいのなら、なおさら。
『二度目だな。斬るか?』
学ぶべきだって言っただろ! 俺はアリザラを内心、必死でなだめた。
大通りのど真ん中で子供を斬り殺すSランク冒険者の名誉について、俺は考えたくない。もしかしたら俺は、この魔剣を火山の噴火口にでも捨てた方がいいのかもしれない。
「この前ぶつかった時の態度が演技だってこともバレバレだ。オイラなんて喋り方でつっぱるよりも、女らしくした方がスリやすいぞ」
「ちぇ、心が読めるってのは本当だったのかよ」
ふてぶてしい態度を取るチーターの少女。
女であることを隠していたわけではないが、ひけらかす気は少しもなかったのがわかった。
泥に汚れたスラムの流儀。そうでなければ生き残れないのだろう。
それでも、以前見た時よりも毛並みがマシになっていた。まともな食事がとれたのならそれは良いことだ。金の出所について俺はとやかく言うつもりもない。
俺はシュマを必要以上に貶める気はなかったし、シュマも今日はこれ以上俺から財布を盗むことは諦めていた。ある種の停戦協定がそこにあった。
「俺がどうして大金持ちになったか考えるんだったな。Sランク冒険者ってのは誰にでもできることしてるだけじゃなれないんだよ。探偵もな」
「ただのとっぽい暇人に見えたからイケると思ったんだけどな。あのおっかない騎士さんもいなかったし」
「それ本人に言うなよ。女捨てたとか言ってるけど、男に間違われるとそれはそれで気にする面倒くさいやつなんだから」
「え゛、あの人、女だったのかよ?! 何だったら兄ちゃんの方が背低いし、顔も白いから――」
「俺は背が低いわけじゃない。この世界の連中がことごとくうすらデカいだけだ。俺は、男だ」
「そんな勢い込んで否定しなくてもいいのによォ……」
ゆずれないものがあるのだ。お子ちゃまにはわからん。
「大体さあ。ここ最近、どこに行くでもないのに大通りをフラフラしてさ、今日なんかもうまともに立ってらんないみたいだったじゃん。どーみても酔っ払いだよ。そんなのスッてくれって言ってるようなもんだろ?」
「俺は仕事をしてたの」
「ウッソだあ。普通の冒険者はダンジョンに行ってる時間に呑んだくれてうろついてんじゃん」
「嘘じゃない。俺は人探しをしていたし、それはもう見つけた」
「女の尻でも追っかけてたの?」
口の減らないガキめ。
もっとも、皮肉も諧謔も俺を生かすためには必要なので、決して嫌な気分ではなかったが。
「女と言えば女かもな。なあ、シュマ。俺をクタラグのところに連れていけ。嘘をついてもいいが、俺にはすぐわかるからな」
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